(丸い地球の幻想上の四隅)
[Updated: 2020-12-13]
2021年に日本語訳が出版されるようです。表題作となっているのは、原書では2つ目に収録されている、蛇にまつわるお話みたい。翻訳者は『運命と復讐』の光野多惠子さん。楽しみです!
初夏に出版された、ローレン・グロフの短編集Florida。作家自身が暮らすフロリダを舞台とし、むせかえるような暑さと湿気、ハリケーン、南の地域ならではの草花や動物、女性の生き方や家族についての物語を集めたもの。今年のNational Book Awards(全米図書賞)にノミネートもされている作品(受賞作の発表は11月14日)。
サマー・リーディング用に買ったのに、気がつけばもう秋。はは……。
この短編集に収められているのは全部で11作品。どれもこれも印象深く、しかもその印象は一つ一つ大きく異なるという、色とりどりの宝石を集めたような本だった。以下に特に心に残った作品の感想を一言二言。と思ったら、ほとんど全作品になってしまった。
語り手/主人公はほとんどが女性で、「一人暮らし」もしくは「夫・子供二人・犬あり(犬はよく出てくる。語り手/主人公はよく犬だけに語りかけるのだが、なんだかその関係性が自然で、犬飼いにはたまらない。ラブラドゥードルも出てくる!)」のどちらか。家族あり設定の方は大体、東部出身で現在フロリダに住んでおり、未だにヘビやワニといった南特有の自然に驚異を感じているというパターンで、作家自身の体験に基づいた作品だと見受けられる(グロフもニューヨーク州出身、大学はウィスコンシンで二人の子供持ち)。どうみても自伝のような趣のものすらある。にもかかわらず、これほどまでに多様性に富んだストーリーを描いてみせるところにグロフの力量を感じる。
そして素晴らしいストーリーテラーであるだけではなく、度々はっとするような麗しいproseが登場するのも嬉しい。
下記では色々な作家の作品を引き合いに出してしまったが、これは決して「〜を模倣している」だとか「〜の影響が見られる」と言いたかったわけではなくて、これほどまでに多様な物語を生み出すことのできるグロフはすごい、ということが表現したかった(けれど語彙力不足でできなかった)だけなのです。
- "Ghosts and Empties"
- "At the Round Earth's Imagined Corners"
- "Dogs Go Wolf"
- "The Midnight Zone"
- "Eyewall"
- "For the God of Love, for the Love of God"
- "Yport"
"Ghosts and Empties"
育児ノイローゼ寸前。夫は優しく理解があるし子供の面倒もよく見てくれるが、「わたし」に秘密がある。
そんな状況で、頭を冷やすため、毎晩ウォーキングするなんてことないフロリダの街がビビッドに描かれる。誰かのキッチンから流れてくる匂い、季節の移り変わりを風景で感じること、毎晩のようにすれ違う近所の人々。
"At the Round Earth's Imagined Corners"
蛇に魅せられた学者の父と、家を出て行った母。辛い過去は蛇のようにいつまでもジュードにつきまとう。その孤独は深く、しんとした描写がいつまでも心に残る。また、「陽」の雰囲気を持つ女性に出会い結婚したことで救われるというのが、女神のように半裸の妻が浴室で「蛇を殺す」という行為を通して提示されていて、印象深い。
後半はまるで無声映画を見ているよう。
短編ながら長編として息づいているような、ジュードの人生だけについて300ページも400ページも読みたいというような気持ちにさせられる。
ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』がお好きな方は大好きだと思う。
"Dogs Go Wolf"
不思議な味わいのある作品。恋人にうつつを抜かした母に、とある島のキャンプサイトに置き去りにされた幼い姉妹。面倒を見てくれていた大人も周りから去り、二人きりのサバイバル生活が始まる。白く大きな犬もいたのだが、姉妹だけになった途端家から逃げ出してしまう。ご飯を用意していると近くに寄ってくるものの、決して家に戻ろうとはしない。
電気が止まり、シャワーも浴びれないようになり、外で用をたす生活。衣服は次第に汚れ、食料は尽き、この先どうなるのかは分からないけれど、母は迎えに来ない。
途中でこれが回想だということが明かされるのだが、それもまた奇妙な雰囲気がある。
狼のように野生に戻ってしまった犬とともに、いつまでも姉妹の魂の一部はこの島にあるのだろう。
"The Midnight Zone"
本作の表紙(フロリダパンサー)は、この短編から。
主人公が夢現つをさまよい、まるでパンサーのように家の周りをぐるぐると回っている……という場面を読んでふと、バリ島の魔女ランダを思い出した。
"Eyewall"
近年フロリダに甚大な被害をもたらしたハリケーン・マシュー、ハリケーン・マリア、ハリケーン・マイケル。そんなハリケーンの嵐の中、避難勧告が出ているのに自宅にとどまる一人の女。
そこへ次々と、竜巻に運ばれてきたかのように彼女がかつて知っていた男たちが姿を表す。元夫、昔の恋人、父親。
もうこの世にはいない人たちと会話を交わすというとタブッキの『レクイエム』のようだが、猛烈な嵐の中、どうにか無事を保っている家が舞台というのが印象的。
"For the God of Love, for the Love of God"
「こんな話、ある〜!?」と、何度も数ページごとに行ったり来たりを繰り返した。舞台がフランス、スイスの男爵などセレブリティな人物が登場するなど、全体的にはフィッツジェラルドの『夜はやさし』のような。
どこか夢見るような味わいなのは、視点がくるくると変わることも要因だろう。フロリダで育った幼馴染の女性二人、一人は裕福で一人は貧困家庭出身。その夫たちを巻き込んだ四角関係に、ネグレクトされがちな子供(男の子)、片方の女性の半分血の繋がった白人と黒人のミックスの驚くほど美しい妹という不思議な人々の、とある夏の物語。
最後の文章がとてもいい。若く希望に溢れた時にしか見えないものって、確かにある。
"Yport"
"Eyewall"なんかの幻想的な作品が個人的に大好物なので、ああいうのを読んだ後でこれを読んでもあまり心に残らないかもしれないなと思い読み始めたのだが、ある意味ものすごくパンチが効いていた。暑すぎるフロリダを離れ、夏休みにフランスのイポールを訪れる母親(作家、モーパッサンの研究をしていてフランスに来た)と幼い息子二人の何週間かを描いたもの。
なんというか……一言で言うと、my worst fears realizedという感じ。ああ、自分の人生で、こういう人に対してこういう感情を抱きたくないな、と常々ぼんやり思っていることが次々に文章に書きおこされる一種の悪夢だった。
モーパッサン好きな方はご注意を! これを読んでからというもの、積ん読にしている『女の一生』を読む気が失せてしまった。
そういえば、こんなニュースもFlorida発売時に出ていた。本当に、そうですよね。
この作家は、女性が奥底に抱える怒りや割り切れない気持ちを描くのが非常にうまい。長編だけでなく、短編でもそれが遺憾なく発揮されている。
ローレン・グロフの日本語訳は『運命と復讐』だけだと思っていたのだけれど、村上春樹が編んだ恋愛短編小説集『恋しくて』にも短編「L・デバードとアリエット――愛の物語」が収録されていた。読んだのが前すぎて全然覚えていないが、足が不自由な車椅子のお嬢様と、中年の元オリンピック選手の身を焦がすような恋愛譚だったはず。文庫化もされているし、この機会に読み返したい。
恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES (中公文庫)
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2016/09/21
- メディア: 文庫
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