[Доктор Живаго]
I also think that Russia is destined to become the first realm of socialism since the existence of the world. When that happens, it will stun us for a long time, and, coming to our senses, we will no longer get back the memory we have lost.
2018年2月の星組公演『ドクトル・ジバゴ』の予習として入手したパステルナークの原作。その「命」の描き方に圧倒され、熱中して読んだ。
ちなみに邦訳は新潮文庫版が廃盤となっていて、現在入手可能なのは単行本の『ドクトル・ジヴァゴ』のみ。これがなんと上下巻に分かれておらず重そう&お値段も重めの8,640円だったのでちょっと逡巡してしまい、
- 作者: ボリースパステルナーク,イリーナザトゥロフスカヤ,工藤正廣
- 出版社/メーカー: 未知谷
- 発売日: 2013/03/14
- メディア: 単行本
- クリック: 7回
- この商品を含むブログ (6件) を見る
結局Vintage Classicsの英語版を読むことにした。こちらは1,000円ちょいでした。ただし観劇後、未知谷の日本語版も購入しました。夫が読みたいと熱望したため。
ロシア文学の常として、大量の名前が登場&名前がいちいち分かりにくい*1ことを考えると、アルファベットで読んだ方が、実名とあだ名の相関関係や人間関係は把握しやすくて良かった気がする。
Doctor Zhivago (Vintage Classics)
- 作者: Boris Pasternak,Richard Pevear,Larissa Volokhonsky
- 出版社/メーカー: Vintage Classics
- 発売日: 2011/09/01
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログを見る
いい作品なのに、しかも宝塚で公演となると原作を必ず読むファンも多いから売上もそれなりに見込めそうなのに、文庫版での復刊がないのは残念。
あらすじ
『ドクトル・ジバゴ』は激動の時代に生を受けた人々の「生きた証」のような小説だ。
物語は、主人公であるユーリ(ユーリイ・ アンドレーヴィチ・ジバゴ)が父に次いで母を亡くし、親戚であるグロメコ氏に引き取られるところから始まる。
モスクワに暮らすグロメコ家は裕福で、ユーリも不自由なく育つ。詩や音楽が大好きで芸術に魅かれていたのだが、大学を卒業すると医師になり、グロメコ夫妻のたっての願いもあり、一緒に育ったグロメコ家の娘トーニャと結婚する。
その後医師として戦争に駆り出されたユーリは、戦地でラーラという看護婦と知り合う。ユーリはモスクワで二度、ラーラを見かけたことがあった。一度は少年の頃、もう一度はとあるパーティーで、ラーラがコマロフスキーという男を銃で撃つところである。遠くから見かけただけではあるが、その美しさは彼の心に残っていた。
愛情はあるものの、どちらかというと義務感からトーニャと結婚したユーリにとって、ラーラは初恋の人のようなものである。
しかし戦地でラーラはやんわりとユーリを拒み、戦争の終わり(ロシア革命の成功)*2とともに二人は別々の道を行く。
社会主義のソヴィエト連邦となったロシアで、モスクワに暮らし続けることは不可能だと悟ったユーリは、家族を連れウラル地方へ引っ越す。
そこで、ウラルへ戻ってきていたラーラと再会してしまう。そして、お互いに家族のいる二人の情事が始まる。
ユーリという男
ユーリの悲しさは、「自分の望むままに生きることができない」ということだろう。もともと詩が大好きで芸術の道に進みたかった彼は、医師という職業の安定性を選び、好きなことを犠牲にしてしまう。それでもずっと詩は書き続けるのだが。
How I would like, along with having a job, working the earth, or practising medicine, to nurture something lasting, fundamental, to write some scholarly work or something artistic.
結婚もそうで、トーニャという幼馴染に愛情は感じているものの、それは恋ではないし、燃え上がるような愛もそこにはない。どちらかというと、自分を育ててくれた親戚に対する恩返しという気持ちだ。
そんな彼の目に、ラーラという女は自由そのものを生きているように映る。だからこそ惹かれてしまうのだろう。
でも、トーニャと子供を捨てるわけにもいかない……その辺りの心の迷いが随分細かく描写されるのは、パステルナーク本人の経験に基づく物語だからこそだと感じる。そしてそのリアリスティックな感情の揺れがあるからこそ、この作品はただのメロドラマでは終わらない。
ラーラという女
ユーラの物語と並行して、ヒロイン・ラーラ(ラリッサ・フョードロヴナ・ギシャール)の物語も語られる。
ラーラの母親はフランス人で、夫を亡くしてからはコマロフスキーという弁護士の支援を受けて洋裁店を営んでいる。コマロフスキーは母親の愛人兼パトロンなのだが、美しく成長するラーラに惹かれ、関係を持つよう迫る。
そんなコマロフスキーを「気持ち悪い!」と拒絶していればなんてことはないのだが、この場面でのラーラの葛藤が物語の最初の見所である。
ラーラもコマロフスキーに惹かれてしまうのだ。
The girl was flattered that a handsome, greying man who could have been her father, who was applauded in assemblies and written about in the newspapers, spent money and time on her, called her goddess, took her to theatres and concerts and, as they say, 'improved her mind'.
ここから、ラーラとコマロフスキーによる、情熱と嫌悪のタンゴが始まる*3。そのうち、ラーラは年下の青年パーシャと付き合うようになり、母を裏切っていたという罪悪感や、コマロフスキーから逃れられないという絶望感から、コマロフスキーを銃で撃つ。
ラーラはその後パーシャと結婚し、ユリアーチンというウラル地方で生活するようになる。だか、コマロフスキーと関係を持っていたラーラをどうしても許すことができないパーシャが志願兵となり家を出ると、彼女も看護婦となりその後を追う。
ラーラは当然聖女ではない。(向こうから迫られたとはいえ)母親の愛人と関係を持ってしまうし、そこに罪悪感はもちろんあるものの、自分が注目されて嬉しいという気持ちも確かに存在する。パーシャとの結婚後も、ジバゴとも関係を持つ。
だが、一概に悪女とも「身持ちの悪い女」とも言えない何かがある。自分の運命をただ嘆くのではなく脱出しようと試みる強さ、自分を卑下することのない凛とした佇まい。
『ドクトル・ジバゴ』はまさに宝塚向けの作品
そもそも、三人の男と関係を持つ女性が宝塚のヒロインというのはなかなかないことだが、聖女でもなく悪女でもないアンビヴァレントなラーラを演じた有沙瞳さんは歌よし・演技よし・ダンスよしの正統派娘役。公演前は「ラーラのイメージではない」という意見が多かったように思うが、そこはさすが有沙さん。何があっても自分に正直でどこか清潔感の漂うラーラには目を奪われた。「私がファム・ファタールよ!」みたいな押し出しは全くなく、有沙さんの持ち味である野の花のような可憐さが逆にラーラにぴったりだったように思う。
しかも、考えてみればみるほど『ドクトル・ジバゴ』は宝塚の舞台にぴったりだ。
1. 70名超と組子が多いから(今回は別箱公演だったが)、白軍や赤軍の兵士まで演じることが可能
2. 登場人物は圧倒的に男性が多く、軍服やスーツ姿などファン的見所も豊富
3. ラーラとトーニャという対照的な女性が登場するので、娘役も見せ場が多い
4. ファンは往々にして歴史の知識を蓄えているので、ロマノフ王朝・ロシア革命などややこしい時代背景も把握できる人が多い
今なんと! Amazon Primeで視聴できます。
というわけで、映画も見たし観劇にも行ったのだけれど、原作はとにかく細かく書き込まれていて(人物しかり、それぞれの感情しかり)エピソードも映画や舞台とは違うところがそれなりにあった。エフグラフの存在意義など、考えさせられるところもあった。
逆に映画と舞台では時代背景が分かりやすくなっていて恋愛が主軸とされているがために、ラーラの存在が強く心に残った。タイトルは『ドクトル・ジバゴ』で、ジバゴという男の一生を描いているにもかかわらず。
映画のジュリー・クリスティも美貌の女優だが、どこか少女のような雰囲気を持っていてそれがラーラにぴったりだった。目で語る女優だな、と実感。
映画よりも有名かもしれない「ララのテーマ」は、今年のフィギュアスケートで使用している選手がいましたね。
これもおすすめ&これも読みたい
統制の厳しいソヴィエト政府の影響で、外の世界からは知ることのできなかったロシア革命や当時の人々の様子が描かれてことで評価された『ドクトル・ジバゴ』。
でも、やはりこの小説は恋愛小説だと思う。矛盾をはらんだ、理性ではどうしようもない、花火のように一瞬燃え上がり散ってゆく愛を描いているので、『存在の耐えられない軽さ』がお好きな方におすすめ。
ナボコフが不器量な小説だと評している通り文体は決して優雅ではなく、とはいえストーリー性が楽しめる訳でもないものの「ガーディアンの1000冊」の中では、"Love"ジャンルに含まれる本を一番多く読んでいるような恋愛小説ラバーはきっとお好きだと思う。
1000 novels everyone must read: the definitive list | Books | The Guardian
Love – 英ガーディアン紙必読小説1000冊決定版リスト(ジャンル別) – iREAD @ YuriL
- 作者: ミランクンデラ,Milan Kundera,千野栄一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/11/20
- メディア: 文庫
- 購入: 30人 クリック: 312回
- この商品を含むブログ (165件) を見る
そして、今読みたい本がこちら。
パステルナークと血縁関係にあるアンナ・パステルナーク(ボリスの甥だか姪だかの娘さん)によるノンフィクションで、ラーラのモデルとなったパステルナークの愛人オルガ・イヴィンスカヤについて書かれたもの。
Lara: The Untold Love Story That Inspired Doctor Zhivago
- 作者: Anna Pasternak
- 出版社/メーカー: William Collins
- 発売日: 2017/05/18
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログを見る
Pasternak’s Muse: The Real-Life Inspiration for ‘Doctor Zhivago’ - The New York Times
ボリス・パステルナークについての7つの事実 - ロシア・ビヨンド
名前一覧表
邦訳は読んでいないため、名前の日本語表記は異なるかもしれません。
ピンク字はニックネーム*4。
<主要人物>
Yuri Androyevich Zhivago / Yura(ユーリイ・アンドレーヴィチ・ジバゴ / ユーラ / ユーリ):主人公。幼い時に両親を亡くす。医師だが芸術が好きで、詩を書き続ける。
Larissa Fyodorovna Guichard / Lara / Larochka(ラリッサ・フョードロヴナ・ギシャール / ラーラ / ラロチカ):パーシャと結婚後はラリッサ・フョードロヴナ・アンティーポワ。
Antonia Alexandrovna Gromeko / Tonya / Tonechka(アントニア・アレクサンドロヴナ・グロメコ / トーニャ / トネチカ):グロメコの娘。のちのユーラの妻。革命後はフランスに亡命。
Pavel Pavlovich Antipov / Pasha / Strelnikov(パヴェル・パヴロヴィチ・アンティーポフ / パーシャ / ストレリニコフ):ラーラの恋人、のちの夫。ストレリニコフという名前でボリシェヴィキに参加し広く知られるようになる。
Viktor Ippolitovich Komarovsky(ヴィクトル・イッポリトヴィチ・コマロフスキー):ラーラの母親のパトロン。ラーラに惹かれ、手を出してしまう。
<ユーラを取り巻く人々>
Marya Nikolaevna Zhivago(マリア・ニコラエヴナ・ジバゴ):ユーラの亡くなった母親。
Nikolai Nikolaevich Vedenyapin / Kolya(ニコライ・ニコラエヴィチ・ヴェデニャピン / コーリャ):ユーラのおじ。
Alexander Alexandrovich Gromeko(アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・グロメコ):化学の教授。両親を亡くしたユーラを引き取る。
Anna Ivanovna(アンナ・イワノヴナ):グロメコの妻。鉄鋼業界で成功した父を持つ。
Innokenty Dementievich Dudorov / Nika(イノケンティ・デメンティヴィチ・ドュドロフ / ニカ):ユーラの幼馴染。
Mikhail Grigorievich Gordon / Misha(ミハイル・グリゴリエヴィチ・ゴードン / ミーシャ):ユーラの学友。
Gaiulin(ガイユーリン):第一次世界大戦でパーシャが率いる軍隊の中尉だった。看護婦ラーラにそのことを伝える。その後白軍で戦うようになる。
Anfim Efimovich(アンフィム・エフィモヴィチ):ジバゴ一家がウラルへ向かう列車の中で出会う弁護士。ジバゴ家を助け面倒を見る。
Liberius Avercievich Mikulitsin(リベリウス・アヴェルチエヴィチ・ミクリツィン):パルチザンのリーダー。
Evgraf Andreevich Zhivago / Granya(エフグラフ・アンドレーヴィチ・ジバゴ / グラーニャ):ユーラの腹違いの弟。
Sasha / Sashenka (サーシャ / サシェンカ):ユーリとトーニャの息子。
Marina(マリーナ):ユーリの3番目の妻。
<ラーラを取り巻く人々>
Amalia Karlovna Guichard(アマリア・カルロヴナ・ギシャール):ラーラの母親。フランス人。
Rodion Fyodorovich Guichard / Rodya(ロディオン・フョードロヴィチ・ギシャール / ロディア):ラーラの弟。
Olya Demina(オーリャ・デミーナ):アマリアの洋裁店で働くお針子。ラーラの友人。
Jack(ジャック):コマロフスキーが飼っているブルドッグ。ラーラに噛み付く。
Nadya Kologrigova(ナディア・コログリゴワ):リパの母。ラーラはコマロフスキーから身を隠すために家出し、リパという女の子の住み込み家庭教師になる。
Katenka(カーチェンカ):パーシャとラーラの娘。
Tanya(ターニャ):ユーリとラーラの娘。ニカとミーシャに発見され、その後エフグラフに保護される。
地名一覧
モスクワ:革命前にユーラやラーラが住んでいた。
ドゥプリャンカ(Duplyanka):母親の死後、ユーラがおじのニコライと滞在する。
ユリアーチン(Yuriatin):結婚したパーシャとラーラが移り住んだウラル地方の村。
メリュジーヴォ(Meliuzeevo):戦争に駆り出されたユーリとラーラが再会した村。
ヴァリキーノ(Varikyno):戦争後、ユーリが家族と移り住む村。ユリアーチンの近く。
チェルン(Chern):ユーリとラーラの娘ターニャが暮らす村。