[Tempest]
シェイクスピアは謎に包まれている。
ストラトフォード・アポン・エイヴォンで革手袋商人の息子として生まれ育ち、18歳の時に26歳の女性アン・ハサウェイと結婚。
その後ロンドンへ出て、空白の数年間ののち、俳優兼劇作家として名をはせるようになる。
彼によって書かれた手紙や原稿は残っておらず、残っている署名は4通りもあり全て違った書体である。遺言書は残っているものの「妻に2番目に良いベッドを」等と書かれているだけで、自身の作品についての言及はない。
と、この辺りは有名なところ。
さて、この夏はシェイクスピアが残した最後の作品『テンペスト』を読んだ。
- 作者: ウィリアムシェイクスピア,William Shakespeare,松岡和子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2000/06/01
- メディア: 文庫
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あらすじ
タイトルのテンペスト(tempest)とは嵐という意味。
主人公は元ミラノ大公のプロスペロー*1。
彼は実の弟に騙され、娘のミランダと2人、孤島流しにされた身。プロスペローは島に住んでいた鬼婆を殺し、その息子や家来の妖精を自分のものとし、自身は魔術を学び魔術師になっている。
12年後、ナポリ大公とミラノ大公(プロスペローの弟アントーニオ)を乗せた船が難破し、船に乗っていた人々は命からがら島へ上陸する。この嵐は、プロスペローが妖精エアリエルに命じ、起こしたものであった。
一行と離れ離れになったミラノ王子のファーディナンドはミランダと出会い、恋に落ちる。求婚するファーディナンドに対して、プロスペローは難しい条件をいくつも出すが、ファーディナンドは見事それを達成し、ミランダとの結婚を許される。
プロスペローの弟アントーニオは、ミラノ大公の弟をそそのかし、ミラノ大公を暗殺してしまおうと計画するが、妖精エアリエルの力で未遂に終わる。
キャリバンは船に乗っていた賄い方や道化をそそのかし、プロスペローを殺害しようとするが、これもエアリエルの力で未遂に終わる。
復讐劇を繰り広げるつもりだったプロスペローだが、娘の幸せを見届けると復讐を思いとどまり、アントーニオらを許すことにする。
そして「魔法の杖を折り」、妖精エアリエルを自由の身にすると、自分の身は観客にゆだねる。
筆を折るシェイクスピア
シェイクスピア最後の作品ということもあり、プロスペローが魔法の杖を折る姿はよくシェイクスピア自身が筆を折る姿に重ねられると言われている。
辛いことや割に合わないこともたくさんあったが、全てを許そう。だから私を故郷に帰してください。
そのプロスペローの最後の独白は、シェイクスピア自身と重なるところも多分にあるのだろう。プロスペローの年齢も、シェイクスピアが書き上げた当時の年齢と重なるようだ*2。
島は魔法でいっぱいの美しい場所。
鬼の子供キャリバンいわく、
怖がらなくていい。
この島はいろんな音やいい音色や歌でいっぱいなんだ。
楽しいだけで害はない。
ときには、何千もの楽器の糸を弾くような調べが耳元に響く。
ときには歌声が聞こえてきて、ぐっすり眠ったあとでも
また眠くなったりする。
そのまま夢を見ると、
雲の切れ間から宝物がのぞいて俺のうえに降ってきそうになる、
そこで目が覚めた時は夢の続きを見たくて泣いたもんだ。
まるで劇場のようではないだろうか。
シェイクスピアに魔法をかけられた劇場。
シェイクスピアとは誰なのか?
さて、上に書いた通り、シェイクスピアは謎に包まれた人物である。
当時の中流階級の人物に関する記述は残っていなくて当たり前でもあるのだが、あまりにも分かっていないことが多い為、「シェイクスピア別人説」まで存在する。
本当は複数の作家がシェイクスピアを名乗っていたのではないか?
フランシス・ベーコンだったのではないか?
クリストファー・マーロウだったのでは?
いや、第7代オックスフォード伯だったのでは?
私は専門家ではないし、シェイクスピア全てを読んでいるようなファンでもないので(英米文学専攻ですらない)なんとも言えないが、どちらかというと「トンデモ」な説が多いように感じる。
とはいえ『テンペスト』を読むと、「やっぱり別人だったのでは?」と考える読者がいてもおかしくないなという描写がいくつかあったことも事実。
たとえば、プロスペローは魔術師とは言うものの、結局全ての魔法を操っているのは自身に仕えている妖精エアリエル。
エアリエルこそが、魔法を駆使し、歌声に満ちた素晴らしい世界を作り上げ、人々を操っている。
そんなエアリエルは解放されたがっていて、今回の魔法がうまくいったら自由の身になる予定である。
プロスペローも故郷に戻りたいが、プロスペローに支配されていたエアリエルも自由になり、自分自身として生きていくことを渇望している。
なんだかそんな箇所が、「影となって戯曲を書く人物」の描写のようにも思えたのだった。
今となっては決して分からないことだが、シェイクスピアとは誰だったのだろうか?
知りたい気持ちもあるけれど、数百年の時を経て、今でも私たちに夢を見させてくれる最高のエンターテイナーという事実だけでも十分ではないだろうか。
ちなみにシェイクスピア=オックスフォード伯だった!というストーリーの『もうひとりのシェイクスピア』という映画をこれから観る予定。
巷では「駄作」と酷評されているようなのだが、これはこれで楽しみ。
ちなみにHuluでは8/31で配信終了してしまうので、今のうちです。
追記:鑑賞しました!うーん、話があっちこっち行ってまとまりのない映画でした笑。が、オックスフォード伯(映画の中では実際に戯曲を書いた人)を演じるリス・エヴァンズが謎めいていて良かったです。
『テンペスト』に見る植民地支配
『テンペスト』といえば植民地支配をメタファーとして用いているともよく言われる作品。
プロスペローが流された孤島にはもともと鬼婆が住んでいたからである。
鬼婆シコラクスは殺されたので作中には登場しないが、彼女の息子キャリバンは重要なキャラクターの一人。
プロスペローが「私の島」と呼ぶこの島は、キャリバンにとっては
この島は俺のもんだ。お袋のシコラクスに譲られたのにお前が横取りしやがった。ここへ来たばかりのときは、お前も俺を撫で、大事にしてくれた……だから俺もお前が好きになって、島のことは全部教えてやった……くそ、あんなことしなきゃよかった!
また、自由を奪われ、服従させられる妖精エアリエル。もともとは鬼婆シコラクスに仕えていたが、怒りを買い松の木の幹に閉じ込められる。プロスペローが島に上陸し、助け出したので彼に仕えているものの、自由を熱望している。
キャリバンのことを、プロスペローは「まだら模様の餓鬼」としかみなしていないが、エアリエルは人間だと認識している。
また、他の人には聞こえない天の声をキャリバンだけは聞き取ることができるのだ。
違う感受性で、島で生きてきた人間だからこそ、島の自然と密接に関わっている。
島の自然を司っているともいえる存在だろう。
なんとなく、以前読んだこんなニュースを思い出してしまった。
周りに頭がおかしいように思われているキャリバンだが、実のところ故郷を奪われた一男性であり、プロスペローと同じく悲劇の主人公なのかもしれない。
『テンペスト』のアダプテーション
『テンペスト』をもとにした作品はたくさんあるが、どれも面白そうだ。
私はこれからマーガレット・アトウッドのHag-Seedを読む予定!
プロスペローいわく 『目に青い隈のできた鬼婆(this blue-eyed hag)』シコラクスに関係のあるストーリーのようで楽しみ。
というか、これを読みたいが為に『テンペスト』を読み始めたのでした汗。
Hag-Seed (Hogarth Shakespeare)
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そしてもちろん、ミランダのセリフから生まれた有名な小説といえば『すばらしい新世界』。ディストピア小説の礎を築いた記念すべき名作。
こちらの新訳はユーモラスでフレッシュで、おすすめ。
テレビドラマにもなった池上永一による『テンペスト』 は琉球王朝の話。
これも面白そうなので読んでみたい。
ドラマは仲間由紀恵さんが出ていたので途中まで見た記憶あり。もう一度見たいのだけれど、HuluでもAmazon Primeでもやっていないのよね……。
最後に、ロンドンのグローブ座(シェイクスピア劇場)。
先日仕事で近くに滞在し、この道を通って通勤していたのですが、時間もなく中には入れずじまい……。
いつかグローブ座でシェイクスピア作品を観劇したいものです。
シェイクスピアは当時の人々のための大衆演劇を書いた作家。
男性俳優たちが演じる劇に笑い、涙し、恋した大衆。
宝塚に熱狂している者としては、そんな大衆にかなりシンパシーを感じる今日この頃です笑。
ではみなさま、今日もhappy reading!