トーキョーブックガール

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The Unhappiness of Being a Single Man / フランツ・カフカ

いただきものの、こちらの本。Pushkin Collectionから発売予定のカフカの短編集だ(発売日は2019年3月5日)。ドイツ語→英語の新訳。

The Unhappiness of Being a Single Man: Essential Stories (Pushkin Collection)

The Unhappiness of Being a Single Man: Essential Stories (Pushkin Collection)

 

収録されているのは22作品。日本語訳が出ているものは()で表記している。①〜④については記事の一番下を参照。

 

A Message from the Emperor(「皇帝の使者」)②

A Short Fable(「小さな寓話」)②

The Unhappiness of Being a Single Man(「ひとり者の不幸」)④

Poseidon(「ポセイドン」)②

The Verdict(「判決」)①

The Truth about Sancho Panza(「サンチョ・パンサをめぐる真実」)②

The Bridge(「橋」)①

The Married Couple(「夫婦」)③

Before the Law(「掟の門」)①

A Hunger Artist(「断食芸人」)②

The Trees(「木々」)④

The New Lawyer(「新しい弁護士」)②

An Old Journal(「一枚の古文書」)②

In the Penal Colony(「流刑地にて」)①

The Next Village(「隣り村」)④

A First Heartache(「最初の悩み」)②

A Report for an Academy(「ある学会報告」)②

Homecoming

Jackals and Arabs(「ジャッカルとアラジア人」)②

The Silence of the Sirens(「人魚の沈黙」)①

The Stoker(「火夫」)①

Give Up!

 

それにしても、ほとんどの短編や草稿が何人もの方に日本語訳されていて、絶版にもならず読み継がれているのは感動的。カフカの世界的な影響力の大きさを改めて感じる。

 私はお恥ずかしながらカフカにはまらずに大人になってしまって、その後カフカの影響を受けまくった作家たちが大好きになって「カフカ的」というのはこういうことかと理解したという本末転倒な読者で、中編&長編小説しか読んだことがない。上記は全て未読だった。この機会に読めて本当によかった。というのは、カフカが繰り広げる奇妙な世界を堪能できたから。カフカは短編こそがいいという噂は真実だった。

そう、カフカが影響を与えたとされる作家の作品は愛読しているものが多いので、この短編集を読んでいると「はっ、ガルシア=マルケス! おっ、安部公房! オースター! フエンテス! サリンジャー! クンデラ! 村上春樹!」と、「カフカ・ファンクラブ」のそうそうたる顔ぶれがが頭に浮かぶ。これらの作家たちがカフカのどこにそれほどの魅力を見いだしていたのか『変身』を読んでもよく分からなかったのが、短編を読むことで深く納得できた。というよりも、カフカの影響を受けていない現代作家は一人もいないのではないかという気さえしてくる。

とにかく全体を流れる「カフカエスク」な空気というか、ネガティブマインドというか、悪夢のうねりのようなものがだんだんくせになってくる。

特に心に残ったものは次のとおり。

 

The Unhappiness of Being a Single Man(「ひとり者の不幸」)

100年前に書かれたものなのに、現代のとある独身男性のぼやきを聞いているかのような作品。

......to be forced to admire children you don't know and not to be allowed to just keep repeating, "I don't have any"; to model your appearance and behaviour on one or two bachelors you remember from childhood.

なんて調子で淡々と続くのだが、最後の文章がユーモアが効いていてくすりと笑える。

 

The Verdict(「判決」)

ゲオルグ・ベンデマン(Georg Bendemann)は結婚を控えている青年。サンクトペテルブルクにいる友人あてに手紙を書こうとするのだが、上手くいかない。自分の人生に満足できず、ロシアへ旅立ったのにそこでも成功することなく苦汁をなめる友人に幸せなニュースを伝えるべきか、それとも当たり障りのないことだけ書いておくべきか、選べないのだ。ところがそこへ父親がやって来て……。

不条理・オブ・不条理の作品。つまりは、自分の外にも世界はあるのだと、自分が見ているものだけが全てではないんだと、父親は言いたいのだろうか。自分がいなくなっても世界は回り続けるのだと。理解しきれていないので、何度でも読みたい。

 

The Truth About Sancho Panza(「サンチョ・パンサをめぐる真実」)

たった1ページの短い作品だが、面白い。ドン・キホーテをそういう風に見るのね、カフカは。やっぱりね。斜に構えている。だが面白い。

 

In the Penal Colony(「流刑地にて」)

確か村上春樹の『海辺のカフカ』でも登場した短編小説。どちらかというと「ある学会報告」や「火夫」の方が村上春樹らしさはあるように思うのだが、どちらにしても非常にインパクトのある作品だ。

とある流刑地で、人を処刑する機械について説明する将校と、それを聞く旅人。「よそ者」である旅人が機械を批判すると、囚人を処刑するはずだった将校は自らが機械に入ってしまい……。正義とはなんなのか、社会の一部になるとはどういうことなのか。

白水uブックスでは短編集の表題作ともなっている。

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)

 

 

A Report for an Academy(「ある学会報告」) 

一番好きな短編。ゴールドコーストからやってきたという猿(類人猿)による学会報告である。人間に捕らえられ、散々な目に遭わされた猿は自由を勝ち取るためだけに服を着て人間の言葉で話すようになり、酒を嗜むことを覚える。社会に適応できないという孤独な気持ちを、カフカらしく表現している作品。

As I said earlier, I felt no longing to be like the humans; I imitated them because I was looking for a way out, and for no other reason.

 

The Silence of the Sirens(「人魚たちの沈黙」)

カフカがギリシャ神話をモチーフとした短編小説を複数残しているのが意外だった。こちらはオデュッセウスを誘惑したという言い伝えのある人魚が本当に歌っていたのか、沈黙していたのではないかという、数ページだが哲学的なペーソスに満ち満ちた物語。

 

The Stoker(「火夫」)

『失踪者』という長編小説の第一章。ドイツ人の少年カール・ロスマンが母国で色々と問題を起こしてしまい、船でアメリカに渡ることとなる。下船しようというときに忘れ物に気づいた彼は船に戻り、下の階にいた火夫と会話を交わす。

もう時間はないはずなのに二人で人生について語り、火夫のベッドでうとうとし、船の乗組員に紹介され……と、降りていった先にある「もう一つの世界」を彷徨う。

後半のおじ云々を除けば正直なところ長編小説としての息遣いをあまり感じられなかったが、これはぜひ『失踪者』を読まなければという気持ちになった。 

失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)

失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)

 

 

Give Up!

1ページにも満たない作品だが、タイトルと最後の言葉のあまりのカフカらしさがいつまでも心に残る。

 

まえがき 

ちなみに翻訳家Alexander Starrittさんのprefaceがついているのだが、「Netflixの代わりにカフカを読もうとはならないでしょう」とか「アメリカで短編集が売れない問題」とか、カフカなみに絶望しまくっていて、これも面白かった。

作品はほんの数行と短いものも多いのだが、新訳ということで読みやすく分かりやすい。おすすめです。

 

日本語訳はこちら 

①『カフカ短編集』

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

 

②『カフカ寓話集』

カフカ寓話集 (岩波文庫)

カフカ寓話集 (岩波文庫)

 

 ③『掟の問題 ほか(カフカ小説全集)』

掟の問題ほか (カフカ小説全集)

掟の問題ほか (カフカ小説全集)

 

 ④『カフカ自撰作品集 <大人の本棚>』

カフカ自撰小品集 《大人の本棚》

カフカ自撰小品集 《大人の本棚》