トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『脂肪の塊』 モーパッサン

[Boule de Suif]

 こんにちは。まるで梅雨が明けたみたいに、暑くなりましたね。

 

 長編小説ばかりを続けて読んだので短編集でお口直しがしたくなり、暗い気持ちにならないものを……と、モーパッサンの短編集を手に取った。気軽に読めて、くすっとしたり、うーんと考えさせられたり。モーパッサンはすべてのお話が人生のスパイスになるような気がする。本当に、小粒でもピリリと辛い山椒のごとく。今回読んだのは、こちらの光文社版。 2017年に新しく出たもの。

脂肪の塊/ロンドリ姉妹?モーパッサン傑作選? (光文社古典新訳文庫)

脂肪の塊/ロンドリ姉妹?モーパッサン傑作選? (光文社古典新訳文庫)

 

 

収録作品

 『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』というタイトルになっているのだが、その他にも今まで日本であまり紹介されてこなかった短編を中心に8編収録されている。

  • 聖水係の男
  • 「冷たいココはいかが!」
  • マドモワゼル・フィフィ
  • ローズ
  • 雨傘
  • 散歩
  • 痙攣(チック)
  • 持参金

 光文社文庫は若干お高めだが、岩波文庫が『脂肪のかたまり』のみの収録で400円以上するので、そう考えるとお得かも。

脂肪のかたまり (岩波文庫)

脂肪のかたまり (岩波文庫)

 

 ちなみに「脂肪の塊」、「ロンドリ姉妹」のみが中編(nouvelle)、その他は短編(conte)というくくり。

 

「脂肪の塊」あらすじ(Spoiler Alert/ネタバレあり

 プロイセン軍を避けるため、ルーアンというフランスの街を出た馬車。貴族やブルジョワ、修道女に混じり、「ブール・ド・スュイフ(脂肪の塊)」と呼ばれる娼婦が乗っている。はじめは彼女を軽蔑し誰も話しかけようとしないのだが、心優しいブール・ド・スュイフが前もって用意してあった豪華なランチを皆におすそ分けしてくれたことから、全員が打ち解け気軽に話す仲となる。

 馬車は目的地トートに無事到着したものの、宿屋でプロイセン軍に足止めされる。プロイセンの士官が、ブール・ド・スュイフと寝ることを馬車を出発させる条件としたのだが、愛国心の強いブール・ド・スュイフはそれを拒む。出発できないことにやきもきした乗客らは、これこそ正しい行いだとブール・ド・スュイフを説得し、彼女を士官の部屋へ向かわせる。

 翌日、彼女の犠牲のおかげで出発できたにもかかわらず、乗客らは皆、ブール・ド・スュイフが汚いものであるかのように彼女の存在を無視し、誰も食べ物を分けてやろうとしない。馬車に揺られながら、ブール・ド・スュイフはしくしくと泣きだすのだった。

 

「ロンドリ姉妹」あらすじ

 友人と二人で列車に乗り、イタリア旅行へ向かうピエール。横の席に美しい女が座っていた。ふさふさとした黒い巻き毛が顔をふちどっている。ブレスレットやイヤリングは大ぶりなもので、明らかに本物ではない。話しかけてみると、フランチェスカという名前のイタリア人だということがわかった。彼女と仲良くなり、結局旅の間じゅう一緒に過ごすピエール。旅の最後の日、フランチェスカは「家族に会いに行く。戻ってこなかったら、迎えに来てちょうだい」と言って一人ホテルを出る。ピエールは迎えに行かず、そのままフランスへ帰ってしまうのだった。

 翌年、再度のイタリア旅行の際にふとフランチェスカを思い出し、彼女から聞いた実家の住所を訪ねたピエールは……。

 

スパイシーな短編がいくつも

 どちらも、大変リアリティのある登場人物ばかりで、現代でも起こりそうな出来事。女性の描写が大変素晴らしいのだが、「ロンドリ姉妹」は列車から見るホタルや、レモンやオレンジが香るイタリアの夜景の描写もなんとも言えない美しさである。

 その他の短編もどれも、味わい深いものばかりだった。「冷たいココはいかが!」を読んでいると、涼しい部屋の中にいても、真夏の焼け付くような暑さを喉に覚えて、キンキンに冷えたココが飲みたくなってしまう。ちなみにココとは:

レモン、甘草の入った清涼飲料水。ココナツジュースに色が似ているところから、こう呼ばれた。

と訳中にあった。今はフランスではレモネードが主流で、あまり飲まれることはないのだろうか。Google検索しても、"eau de coco(ココナッツウォーター)"やら"lait de coco(ココナッツミルク)"しか出てこない。それもそうか。

 唯一見つかったモーパッサン以外の文献は、こちら。19世紀パリの風習や文化について書かれた本。

City of Noise: Sound and Nineteenth-Century Paris (Studies in Sensory History)

City of Noise: Sound and Nineteenth-Century Paris (Studies in Sensory History)

 

...Respirer la poussière et la sueur des foules,

Boure du coco tiède au goblet d'étain,

De ce merchand miteux qui fair ter lin tin tin,

...

Tout cela vaut bien mieux que d'aller au café.

 

埃や街ゆく人の汗の匂いを吸い込むこと、

ベルをチリンチリンと鳴らしている売り子から買った

生ぬるいココを金属のカップから飲むこと、

……

これら全て、カフェへ行くよりずっと価値があるものだ。

(訳:tokyobookgirl)

 アルフレッド・ド・ミュッセの弟、ポール・ド・ミュッセ(Paul de Musset)による"Morale"という詩の一部だそう。市民の暮らしにココが根付いている様子が伺える。

 「ローズ」は美しい花々の描写から始まり、まさに人生の花盛りといった女の子たち二人の秘密のお話を又聞きしているような気分に。「持参金」は悲しい物語なのだが、あとがきにもあるように、最後に出てくる人物のおかげでヒロインの新たな人生の幕開けが予感されることもあり、後味は決して悪くない。非常にモーパッサンらしいなと思った。

 

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