トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

フェミニストSF小説の勢いが止まらない: Red Clocks, Leni Zumas

発売日: 2018年1月16日(レニ・ズーマス)

アメリカ・オレゴン州を舞台としたフェミニスト・ディストピア小説である。

本小説におけるアメリカでは、"Personhood Amendment"が施行されている。これはいわゆる「中絶禁止法」で、受精卵にも生きる権利があるとするものだ。

このため妊娠した女性は必ず出産することを求められ、中絶を希望する女性が処置のためにカナダへ逃げないようにアメリカ-カナダ間では警戒体制が敷かれている。国境は"Pink Wall(ピンクの壁)"と呼ばれている。

また、"Every Child Needs Two(ECN2/子供には両親が必要)"という、夫婦だけが里親になれる(独身の男女は養子を迎えることができなくなる)という法も施行されようとしている。

Red Clocks: A Novel

Red Clocks: A Novel

 

 

5人の女性

その前提のもと、5人の女性の人生が描かれる。

1人は19世紀スコットランドの「極地探検家」Eivør(アイヴォール)。

その他の4人は21世紀のアメリカ・オレゴン州に住んでいる。

アイヴォールの伝記を書こうとしている40過ぎの独身女教師で、養子を望んでいる「伝記作家」Ro(ロー)。 

望まない妊娠に苦しむ女性たちに薬草を与え体を癒す「治療者」、町の人々からは森の魔女と呼ばれているGin(ジン)。

まだ16歳になってもいないのに好きな男の子(浮気者)の子供を妊娠してしまい、中絶したいとジンを訪ねる「娘」Mattie(マッティー)。

2人の子供がいるが夫との仲は冷え切っており、離婚を考えている「母親」Susan(スーザン)。

 

それぞれの人生における苦しみや葛藤、そしてそのあとに訪れる解放が描かれる。

そのラディカルな視点で生徒からは人気があるものの、子供のいない人生に耐えられないと考えているローは精子バンクを利用して妊娠しようとしている。妊娠が望めないと分かると養子縁組を望むのだが、"ECN2"の施行が目前に迫り、切羽詰まっている。

魔女と呼ばれるジンは、違法と知りながらも中絶を希望する女性たちに薬草による中絶を提供し続けている。しかし、レズビアンの愛人との仲が彼女の夫に知られ、無実の罪で起訴されてしまう。

一方望まない妊娠をしてしまったマッティーは、唯一信頼できる教師であるローに「中絶をしたい」と相談するのだが、嫉妬や欲望(あわよくば生まれてくる子を自分が養子としてもらいうけたい)に支配されたローは煮え切らない。

また、スーザンは夫との仲が修復不可能になっていることを悟る。もともと法学部出身だった彼女は自分より学歴が劣る夫をどこか見下しており、それでも自分が専業主婦になって子供を育てなければいけないことに辟易している。ローが独身なのに赤ちゃんを欲しがっていることを馬鹿にしながらも、伝記を出版しようとしていることに嫉妬している。

それぞれの若さやキャリア、家庭環境はさまざまで、お互いがお互いを意識して対立している。

 

Red Clocksの指すもの

Red clocks、もしくは「赤い時計」が指すものは多い。

30歳だったスーザンが妊娠した時に感じた「有効期限」。

Why did "thirty" loom like an expiration date?...It was August, her last year of law school was about to start, the home pregnancy test made a cross. This is what I want, this! -law school was nothing to this.

 

どうして「30歳」は賞味期限のように迫ってくるのだろう?…8月で、法学部の最後の1年が始まろうとしていた。自宅での妊娠検査薬で線が出た。「私はこれを望んでいたの、これを!」法学部は赤ちゃんに比べればなんでもなかった。

もう妊娠できる猶予がほとんど残されていないローの子宮から聞こえてくるチクタクという音。

Babies once were abstractions. They were Maybe I do, but not now. The biographer used to sneer at talk of biological deadlines...Women who worried about ticking clocks were the same women who traded salmon-loaf recipes and asked their husbands to clean the gutters. She was not and never would be one of them.

 Then, suddenly, she was one of them. 

 

赤ちゃんはローにとって抽象概念だった。「いつかは欲しくなるかもしれないけれど、今ではない」。生物学的期限の話を鼻で笑ったものだった。有効期限を気にする女たちは、サーモンローフのレシピを交換したり、夫に側溝の掃除を頼むような女だった。ローはそういう女ではなかったし、決してそうなるつもりもなかった。

それなのに、突然彼女もそういう女になっていたのだ。

中絶という選択をできないマッティーのお腹で育つ赤ちゃんの鼓動。

"What if your bio mother had chosen to terminate?"

"Well, she didn't, but other people should be able to."

"Think of all the happy adopted families that wouldn't exist."

"But Dad, a lot of women would still give their babies up for adoption."

"But what about the women who didn't?"

"Why can't everyone just decide for themselves?"

 

「おまえの実の母親が中絶してたらどうなっていたと思う?」

「彼女は中絶しなかったんだから。でも中絶したい人はするべきよ」

「考えてみろ、養子を迎えた幸せな家族が存在しなくなるんだぞ」

「お父さん、中絶できるようになってもたくさんの女性が赤ちゃんを養子に出すわ」

「そうしなかった女性はどうなんだ?」

「どうしてみんなが自分自身のために決定できないの?」

そして、オレゴンというクジラウォッチングが盛んな地域で浜辺に打ち上げられたクジラの内臓が爆発するまでの時間、その体から聞こえてくる音。 

  

ディストピア?それとも現実?

トランプ政権樹立からのディストピア小説の大ブーム、元祖フェミニストSF『侍女の物語』ドラマ化を経てこの小説を読むと、どうしてもマーガレット・アトウッドのとんでもなくよく練られたプロットや文章の芸術性と比べてしまう。 

小説自体は2010年に書き始めたとズーマスは話しているので、これに関してはタイミングが悪かった(話題になったことを考えると良かった?)とも言えるだろう*1

また、"Personfhood Amendment"や"ECN2"云々というディストピア的設定がなくてもこの物語は成立したのではないだろうか。

ただでさえ独身で赤ちゃんや幼子との養子縁組をするのは相当大変だし、ティーンエイジャーの中絶に関してもアメリカではすでに難しくなっている。

ノースダコタ州では2013年に中絶禁止法が成立しており(レイプ・近親相姦・母体の健康に危険がある場合でも禁止である)、それこそ中絶関連法案を「女性のプライバシー侵害」として無効とした隣国カナダとはかなり差がある。

トランプ率いる共和党保守派の影響下ではさらにその風潮は強まるだろう。

作者のズーマス自身も、「この小説内のミソジニスト社会における最も恐ろしいエピソードは政権を支配している男性たちからの『実際の提案』をもとにしている*2」と語っている。

 

どうしてフェミニストSF小説がヒットし続けるのか?

だが、私が注意を払いたいのは「なぜフェミニストSF/ディストピア小説がヒットし続けるのか」ということ。

1980年代に出版された『侍女の物語』の再ヒットに続き、Ada Palmer(エイダ・パーマー)によるToo Like the Lightning、Naomi Alderman(ナオミ・オーダーマン)によるThe Power(エマ・ワトソンのブッククラブに選出された)など、トランプの大統領立候補以降話題になることの多いこのジャンル。

「これほどテクノロジーが進化しても、これほど時間が経っても、何もかわっていないじゃないか」という、ジェンダー・ステレオタイプに苦しまされ続けた女性の声を代弁する存在として支持されているのだと思う。

"#MeToo"運動もしかり、どこかで起きたことがあっという間に世界中に広がる時代である。これらの小説もより多くの人に読んでほしいと願う。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

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www.tokyobookgirl.com

Too Like the Lightning (Terra Ignota Book 1) (English Edition)

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The Power: WINNER OF THE 2017 BAILEYS WOMEN'S PRIZE FOR FICTION

The Power: WINNER OF THE 2017 BAILEYS WOMEN'S PRIZE FOR FICTION

 

レニ・ズーマスは本書のカバー、自身のプロフィールの部分にメールアドレスを載せている。「著者にブッククラブのディスカッションに参加してほしい場合は、こちらまでご連絡ください」とのこと。

その読者との距離感はいかにも新たな世代の作家だなと感じた。

みなさま、今日もhappy reading!

 

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*1:インタビュー記事より。

www.powells.com

*2:

www.washingtonpost.com