久しぶりに香港に滞在している。香港を舞台にした本を読みたいなと思い、今回選んだのはこちら。2009年にデビュー作The Piano Teacherがベストセラーとなったジャニス・Y・K・リーの2作目、The Expatriates。タイトルの通り、香港に暮らす「外国人」・「駐在員」を描いた小説。冒頭の文章がなんだか素敵で、即買い。
A slow-roasted unicorn. A baked, butterflied baby dragon, spread-eagled, spine a delicate slope in the pan. A phoenix, perhaps, slightly charred from its fiery rebirth, sprinkled with sugar, flesh caramelized from the heat. That's what she wants to eat; a mythical creature, something slightly otherworldly, something not real.
外国人からすると得体の知れない食べ物が並ぶ香港の店先を想像させるではありませんか。パクチーや八角やにんにくの匂いが感じられるよう。
3人のアメリカ人女性の香港での生活が書かれている。
1人目は韓国系アメリカ人のマーシー(Mercy)。コロンビア大出身者だが、まともな職に就けないまま20代後半になり、縁もゆかりもない香港で暮している。アメリカに帰りたいと思うこともあるのだが、かつてベビーシッターをした時に預かっていた男の子が行方不明になってしまうという事件が起こり、罪悪感にさいなまれて帰国できない。
2人目は美貌のアメリカ人主婦マーガレット(Margaret)。夫がアメリカ企業の香港支社で働くことになり3人の子供を連れて渡港する。高層ビルが所狭しと立ち並ぶ香港で、丘の上の一軒家に住むセレブだが、子供の1人が行方不明になって以来悲しみにくれたまま日常生活を送っている。
3人目はヒラリー(Hilary)。駐在員の夫と二人暮らしだが子供ができず、香港で出会った孤児を引き取ろうと考えている。華やかなお嬢様だったマーガレットとはアメリカの学校でクラスメートだったのだが、香港に来るまではほとんど会話もなかった。
香港に来て「外国人」として暮らし始めるまではあまり接点のなかった3人の人生だが、狭いアメリカ人コミュニティを通して徐々につながっていく。
その過程は冒頭を読んでいるうちからなんとなく予想できる部分もあり、あまり驚きはなかったのだが「外国人が見た香港」や、「外国で自身の国のコミュニティの一部となり、本国では友人にもならないであろう人たちと上手くつきあっていかないといけないしんどさ」みたいなものがとにかく的確に描写されていて楽しめるページターナーだった。
言葉として面白いな〜と思った部分もいくつかあって、1つはマーシーがマーガレット(3/4白人、3/1韓国人)に"Are you half?"と尋ねるところ。"Are you mixed?"ではなく。韓国でも日本と同じく「ハーフ」という言葉を使うのでしょうか?
それから、マーガレットが夫のクラーク(Clarke)と初めて出会った時の会話で、唐突に"Who the hell says 'chaise lounge'?"と彼に問いかける場面。"Chaise lounge"はアメリカでは「長椅子」という意味で使用されている言葉だが、フランス語の"chaise longue*1"から来ている。ものを知らない人っているのよね〜という話なのだけれど初対面の男性に話す内容として違和感があるなと思ったのと、2013年に出版されていたCrazy Rich Asiansでやたらと"chaise lounge"が連発されていて私も違和感を感じたことを思い出した。作家がアートコンサルタントということだったので、そういう職業だったら"chaise longue"と言ってくれ〜と思ったんですよね……だからこの描写も、同じく中国系作家としてヒットを飛ばしたケビン・クワンに対するあてこすりみたいなのももしかしてあるのか!?と邪推したり笑。多分考えすぎ。でも、この「言葉に対するマーガレットの感覚」は彼女の性格をよく表していると思った。彼女は異なる文化や言語を非常に尊重するタイプで、香港でもできれば香港の人とつながりたいと思い、小さなアメリカ人コミュニティで生きることに疑問を感じている。そういう精密な描写や人間観察が非常に優れている作家である。
作者のジャニス・Y・K・リーは香港で育った韓国系移民。その後アメリカへ移住している。ハーバード卒業後にELLEなどでエディターとして勤務してから作家に転じたとか。まだ2作目なので今後の作品も楽しみ。本作は、リーと同じく「夫婦の抱える闇と秘密」を描くのが得意なオーストラリア人作家リアン・モリアーティにも絶賛されている。
いかにもドラマ化・映画化に向いていそうだなと思ったのだけれど、モリアーティ原作の『ビッグ・リトル・ライズ』をリーズ・ウィザースプーンと共同プロデュース&2017年の賞レースを総なめしたことで話題を読んだニコール・キッドマンがTVシリーズ化することが決まっているそう。これは期待大! キッドマンはマーガレットを演じるのでしょうね。
『ビッグ・リトル・ライズ』、面白かったな。
香港を舞台にしたエッセイ・小説
香港はウォン・カーウェイ監督の作品だとか、いい映画がたくさんあるので訪港前は映画を見ていることが多いのですが、数少ないお気に入りの読み物はこちら。
もちろん、夜の九龍が妖しいまでの光を放つ『深夜特急』の1冊目と、
母と母の恋人と香港を訪れるお嬢様が、香港の男の子と仲良くなり彼の日常を垣間見る短編小説「菊花茶のような十六歳」。スターフェリーも出てくる。ただし、今では香港人の方が日本人よりよほど裕福な気がする。
*1:文字通り、長椅子。片方に背もたれの付いた長めのソファ。