[When We Were Orphans]
最近『わたしたちが孤児だったころ』を読んだばかりの母と話した。
私が読んだのはかなり前で、上海が舞台の探偵小説風小説ということ以外思い出せず、まるで読んだことのない本のあらすじや感想を聞く気分で聞いていたのだけれど、これがとにかく面白くて(人が読んだ本の話を聞くのが好き)。
「子供だったから真実を教えてもらえなかった主人公の哀れさ」について滔々と語る我が母に触発され再読。
- 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,入江真佐子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/03/01
- メディア: 文庫
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イシグロが素晴らしいと思うのは、「(曖昧な)記憶」という共通するテーマが根底にあるものの、どの小説も全く異なる舞台背景や登場人物を用意しているところ。
登場する国もイギリス、日本、大陸ヨーロッパ、中国などなど実に多彩で、どの小説を手に取っても新鮮な驚きがある。読者を決して飽きさせない。
『わたしたちが孤児だったころ』は1930年代のロンドンから始まる。が、主人公クリストファー・バンクスは常に回想しているので実際に語られるのは1930年のことではなく、過去のこと。
バンクス一家は上海の租界で暮らしていたのだが、クリストファーの父母は相次いで行方不明になってしまう。1人残されたクリストファーはいやいや祖国イギリスへ帰ってくる。彼は、父母の行方を突き止めるため探偵になりたいと子供の頃から願い、成長すると有能な探偵としてロンドンで名を上げる。
いくつもの事件を解決しロンドン社交界でも歓迎されるようになった彼は、ついに上海に戻り父母を探し出すことを決意するのだが、時は既に1937年。日本が中国に攻め入り全面戦争が始まっていた。
と、あらすじを見るとまるで「探偵小説」なのだけれど、もちろんそれだけに終わるはずはなく、「ちょっと変なズレ」な部分が次々に出てくる。
最初は本当にかすかに、「語られないことの重要性」が感じられる程度。例えば、クリストファーは友人に「君は学校でいつもひとりぼっちだった」と言われるのだが本人にはそんな記憶はない。また、とある結婚式に出席したというくだりがあるのだが、こちらでは急に新郎の兄が寄ってきて「連中はあなたのことを寄ってたかってバカにして、腹立たしい」などと唐突に言いだす。どうやらクリストファーは出席者たちからからかわれていたらしいのだが、結婚式場に入ってからの様子を逐一語っている割にそのあたりの描写はない。
『日の名残り』のように、主人公が語る周りの人々や自身の描写と、周りの人々が語るそれにはかなりの乖離があるようなのだ。
イシグロ節というか、「信頼できない語り手」が自分の信頼できなさを語る場面もあり。
だから、今から考えると、あの朝の記憶のどこまでが階段の上から自分が実際に見たものであり、どのくらいが母が語ったエピソードとない交ぜになっているのか定かではない。
主人公が上海に渡ってからはそれがますます顕著になり、周りの人々は主人公が20数年前に行方不明になった両親を必ずや見つけだすと信じきっているし、主人公は主人公で行き倒れになっていた日本兵が「上海で仲がよかった少年アキラ」だと信じ込んでハチャメチャな行動をとる。
「彼はどこかで成長を止めたままなのだ、子供のままで大人になってしまったんだ」と思いながら読みすすむと、結末が胸に突き刺さるという仕掛け。
この本に登場する「孤児」は4人で、主人公のクリストファー・バンクス、ロンドン社交界で老人のトロフィー・ワイフとなるミス・サラ・ヘミングス、そしてクリストファーが引き取ることになるジェニファー、そして上海で出会う中国人の女の子。
それぞれ(中国人の女の子は言葉をかわすわけではないので別として)が「大人になれば、きっとすべてが変わる」「早く大人になりたい」と願う。
「オールド・チャップ! ぼくたちここで暮らすんだ、ずっといつまでも!」
「そうだよ。ぼくたち、いつまでも上海で暮らすんだ」
「オールド・チャップ! ずっとだよ!」
そういう意味で、私たちはきっと皆孤児なのだ。
ちなみに私の母は結構へんてこな小説が好きなたちで、『わたしを離さないで』や『日の名残り』、『浮世の画家』より『わたしたちが孤児だったころ』の方が気に入った様子。母の趣味からすると『充たされざる者』はドンピシャだと思うので、そちらを先に貸せばよかったかな。でもあまりに分厚すぎるから躊躇したのだった。
ちなみに、イシグロはこの本を出版した年に映画『上海の伯爵夫人』の脚本を手がけたとか。知らなかった〜! 俄然観てみたくなりました。
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