トーキョーブックガール

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The Only Story / ジュリアン・バーンズ: 今時珍しい「大人」向けの物語

 もうすぐ今年のブッカー賞ロングリストの発表、ということで、候補になりそうな作品をなんとなく読んでいる今日この頃。

 まずはこちら。ジュリアン・バーンズの待望の新作。王道のラブストーリーである。

The Only Story

The Only Story

 

 主人公はポール(Paul)という男性で、50年以上経ってから19歳の大学生だった頃に経験した大恋愛を物語る、という設定。

 イギリスのミドルクラス家庭ですくすくと育ったポールは、大学生になると両親に勧められ、近所のテニスクラブに通うことになる。両親としては同じような階級のお嬢さんとお近づきになれれば、という願いがあったのだ。しかしあろうことか、ポールはスーザン・マクラウド(Susan Macleod)と恋に落ちてしまう。

 スーザンは48歳で、ポールと同じ年頃の娘が二人もいる人妻。ポールとの年の差は29歳(マクロン大統領とブリジット夫人以上ですね)。

 明るく楽しい人柄で、「大人である」ことを笠に着ない女性。あっという間に二人は抜き差しならぬ関係になり、ポールは大胆にもマクラウド家に入り浸るようになる。スーザンの夫ゴードンも、おそらく二人の関係に気づいているにもかかわらず。

 スーザンは長い間ゴードンによるドメスティック・バイオレンスに悩まされている。そのことを知ったポールはスーザンを説得し、二人は駆け落ちする。

 しかしスーザンは新生活の孤独や罪悪感に耐えられず、次第にアルコールに救いを求めるようになり、精神のバランスを崩してしまう。

 ポールは弁護士になるべく大学での勉強を続けているのだが、精神科医の待合室でスーザンの診療が終わるのを待ちながら、こう思うのだ。同い年の男たちは、同世代の女の子と付き合い、結婚を気にしたりその娘の財産を気にしたりしている。ぼくは彼らよりずっとユニークで、面白い人生を送っているんだ、と。

 

 とにかく、19歳ならではの不遜さというか傲岸さが感じられて、なんとも言えない気持ちにさせられる。自分の人生が唯一無二である、恋人のやることなすこと全ては前例がないものである、と思い込める青さ。

 ポールにとってはおそらく人生で初めての真剣な恋愛。初めて、にしては重すぎるし、未来もないどころか、この恋愛はポールのその後の人生や人との関わり方を180度変えてしまう。

 若い頃は「愛したことがない人生を送るよりも、愛して後悔するほうがいい」と考えていたポールが、年を取ってもそう思えるのか? というのがテーマである。

 「恋愛なんかにうつつを抜かして」と言われることもあるかもしれない。でも個人的には、恋愛は人とのコミュニケーションや思いやりを学ぶ格好の場であり、新しい感情を知る舞台であり、人生の大事な要素の一つだと思うのだ。ただ、年をとって人生を振り返った時に果たしてまだそう思えるのか? それはまだわからない。そういう意味で、非常に大人っぽい、大人のための物語だと感じた。年をとってから読み返すと、また違った感想を持つことができそう。

 

 若かりし頃のポールに、スーザンはこう語る。 

But don't ever forget, young Master Paul. Everyone has their love story. Everyone. It may have been a fiasco, it may have fizzled out, it may never even have got going, it may have been all in the mind, that doesn't make it any less real. Sometimes, it makes it more real. Sometimes, you see a couple, and they seem bored witless with one another, and you can't imagine them having anything in common, or why they're still living together. But it's not just habit or complacency or convention or anything like that. It's because once, they had their love story. Everyone does. It's the only story.

 ポールにとっての"the only story"はもちろんスーザンなのだ。スーザンにとってはどうだったのか、それは読者には明かされないし、彼女自身にしか分からないことだろう。

 

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