トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

わたしのサマーリーディング(世界文学編)

もう8月が終わりに近づいているとは、信じられない気持ち。毎年夏以外の季節は、夏に恋焦がれ、到来を待ち望んでいるのに、夏はやってきたと思うとすぐに去ってしまう……。

こちらは、この夏に読んだ本&夏の読書にぴったりだと思った本、いろいろ。

 

 

ノルウェー🇳🇴:『氷の城』

冒頭の「白く若い額が暗闇を突き進んでいく」、「つるりとした額が氷のように冷たい空気の流れを割っていく」という十一歳の少女の期待や好奇心や未知の何かへ飛び込んでいく様の美しい描写にはっとし、暗く長い冬だからこそ見つかる透明な空気と、氷を恐れながらも魅せられる気持ちのとりこになる。

クラスのリーダー的存在のシス。そんな彼女の前に現れた転校生のウンは、母を亡くしおばさんを頼って田舎町に引っ越してきたのだった。二人は分かり合えるという予感を抱き、これから深まるであろう関係性に胸を躍らせるのだが、ウンはその直後に姿を消してしまう。

シスとウンに限らず、誰かと誰かが心を通わせる原因となったのは何なのか、共有した秘密は何なのかが語られぬまま話は進むけれど、もしかすると当人たちにだってわからない、または言葉にできないのかもしれないとも思う。一方別の少女とシスのやりとりには速い球を投げ合うような率直さや緊張感があり、そこにノルウェーの国民性を見た気がした。自分の言行に責任を持っていて、言い訳しないし悪びれない。それはもうとんでもなく大人っぽい。

今後『鳥』、『風』(短編集)も出版されるそうで、こちらも楽しみ。

 

韓国🇰🇷:『夏のヴィラ』

とてもひっそりとした静かな世界で、瞳を閉じて、水滴がしたたり落ちる音をただただ聴いているような心地よさがある短編集。

最初に収められている「時間の軌跡」はそのタイトルどおり、時間の経過とともに変わっていく主人公の人生と、フランスで出会ったオンニとの関係性を描く。うつくしい雨が彩るフランスの情景が、決して韓国のそれとは交わらない様が、育ちも人種も色の好みも母語も違う相手との結婚やその後の成り行きを暗示しているようで、やるせない。不穏な過去形の使い方といい、ぼんやりと昔のことを思い出す主人公がありありと脳裏に浮かぶ様子といい、独特の魅力があり、何度も読み返したくなるし、もう何年も連絡をとっていない友人にふと会いたくなった。

 

香港🇭🇰:『地図集』

地図集

地図集

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作家でもある中島京子さんが惚れ込み、翻訳家の藤井省三さんに「ぜひ翻訳してください!」と提案したところ、「じゃあ一緒に訳しましょう」となって訳した、という後書きに惹かれて。目まぐるしく変わる土地の名や建築物だけでなく、他者(英国、中国)に定義されて初めて生まれたような場所である香港の抱える苦悩もそれとなく感じられる。

コロナの前、最後に訪れたとつくには香港だったので、政治の状況もいろいろと気になり、今はどうなっているかなあと事あるごとに思いを寄せている。今はWKW4K(ウォン・カーウァイ 4K 5作品)公開中なので、しばらく鑑賞していない『2046』と一番好きな『花様年華』は劇場で観たいな! 『恋する惑星』はちょうど先月久しぶりに観たところで、香港返還への不安がこんなふうに投影されていたのだなあ……としみじみ思った。幼い頃はただただ金城武にうっとりしているだけで、全然気づかなかった。そして警察への感情がおそらく180度変わった今では、トニー・レオンの制服姿もまた全然違う見方をされているのかもしれない。

『憂鬱之島』、『時代革命』も上演されているし、11月にはBunkamuraで香港映画祭もあるし、なかなか翻訳されないと中島京子さんも嘆いている香港文学だけれど、映画はそれなりに公開されているのが救い。

 

オーストラリア🇦🇺:『旅のといかけ』

まったく異なる人生を生きているような人種も性別も違う2人の男女を描いた作品。ああ、そこで終わるのか……という衝撃もあり、非常に心に残った。この作家の本はもっと読みたい。

 

ベトナム・オーストラリア🇻🇳🇦🇺『ボート』

確か、戦争について書かれた短編が多かったなあと思い出して、久しぶりに開いた。

ボートピープルとしてベトナムからオーストラリアに渡った著者。家族の歴史をなぞって書いたのかと思わせる「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」ももちろんいいのだけれど、すべての短編で異なる国や都市(ニューヨーク、カルタヘナ、広島、テヘラン……)で生きる、異なる国籍の老若男女が登場し、それらの人々すべての心のひだが緻密に描写されているのが非常に印象的。

 

アメリカ🇺🇸:『マンチキンの夏』

この夏、小学生に1冊本を推薦できるとしたら、わたしはこの本を紹介する!

地元の大学で『オズの魔法使い』のお芝居を上演することになり、歌が上手な弟が受けるというオーディションを、巻き込まれ事故的に一緒に受けることになったジュリア。結果はみごと合格、マンチキン役を与えられる。

最初は「絶対いやだ!」と思って渋々練習に通っているジュリアだけれど、著名な脚本家、ショーン・バーやプロの俳優であるオリーブとの出会い、さらには今までろくに話したこともなかった隣人との交流を経て、お芝居に対する思いはもちろん、いろいろな変化を体験することに。

ユーモアたっぷりのジュリアの語り口も最高だし、登場人物が全員魅力的。そしてなにより、友達のなかでひとりだけ、ずっと家で夏休みを過ごすことになったジュリアが、変わり映えしないと感じていたはずの地元の町で、それこそオズのような新世界を発見した、というストーリーが素晴らしかった。コロナでステイホームを余儀なくされがちな現代の子どもにも、新たな気づきを与えてくれそうだし、何より想像の世界で遊ぶことはこんなに楽しいんだと、大人のわたしも改めて感じた。

まだまだ幼児の我が子に将来読んでほしい本をせっせと蓄えているので、いい作品がまた見つかって嬉しい。ホクホク。