トーキョーブックガール

海外文学・世界文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Severance / Ling Ma(リン・マー): アポカリプス的オフィス・ノベル

中国系アメリカ人作家リン・マーのデビュー作Severanceを読んだ。

2018年に出版されるやいなやKirkus Review Prize*1を受賞し、2019年のPENヘミングウェイ賞のショートリストやNYPLのYoung Lions Fiction Awardにノミネートされた話題作。

Severance: A Novel (English Edition)

Severance: A Novel (English Edition)

 

 

Goodreadsのレビューを見て読みたくなった

ディストピアものだということと、Goodreadsにロクサーヌ・ゲイが感想を載せていたので興味を持ったのだった。

ちなみにゲイはフィクション中心に、読んだ本の率直な感想とレーティングを積極的にオンラインで公開している(たまに作家同士との付き合いの一環でいいレーティングつけてるのかな〜、ゲイの著書から見るにこういうの嫌いそうなのにな、と思う本があったりもするのだが)ので、ゲイをフォローしている私はGoodreadsのフィードを開くと彼女の感想が一番に目に入ることが多い。

最近だと村田沙耶香の『コンビニ人間』も楽しんでいたようだ。

Severanceに関しては"Well written post-apocalyptic story that goes back and forth between a woman in the world after an epidemic wipes out most of humanity and everything in her life leading up to it."と書いている*2

 

あらすじ(No Spilers)

舞台は2010年代、オバマ大統領下のアメリカ。

世界には「終焉(the End)」がやってきた。

2011年の5月に中国でShen feverという病が流行し、ものすごい速さで世界の裏側にまで到達していく。初期症状は分かりにくい病気だ。記憶の欠落、頭痛、息切れ、倦怠感。普通の風邪とほとんど変わりがないため、Shen feverにかかったという自覚がないまま人々は生活することとなる。そしてたった1〜4週間で、Shen fever患者は意識を消失してしまう。

この病気にかかると死が待ち受けているわけだが、感染率が高く、病気の人のそばにいると移ってしまうのでマスクや消毒が欠かせなくなる。かかってからしばらくの間はゾンビのように、自分の日常生活で繰り返していた行動を(意識なく)繰り返すようになる。アメリカも例外ではなく、ほとんどの人がこの病に倒れ、都市という都市から文明が消えていく。

その中で、なぜかShen fever患者のそばにいても感染することなく生き続けられる者も少数だが存在した。主人公のキャンディス(Candace)もその一人だ。

ニューヨークで本の制作に関わって暮らしていたキャンディスは、両親が中国(福州市)からアメリカへ移住してきた移民二世である。

両親は若くして亡くなり、中国に親族はいるものの、アメリカには身寄りが全くいない。

恋人のジョナサン(Jonathan)はShen feverが広がる中、ニューヨークを出てシカゴへ行こうとキャンディスを誘うのだが、ジョナサンが自分に相談することなく移住を決めてしまったことに失望したキャンディスは、ついていかないことを決心する。

また、キャンディスのお腹には、ジョナサンの子供が宿っているのだが、そのことを打ち明けようともしない。

オフィスでもShen feverに倒れる人が出てきて、ほとんどの人が田舎へ避難したり家族と過ごしたりするためにニューヨークを離れる中、キャンディスは毎日必ずオフィスに向かう。他に行き場所がないと言いながら、惰性のように何も変わらない日々を過ごす。

ついにはオフィスから彼女以外の人はいなくなり、ふと気づくとニューヨークからも人が消えていた。当然やるべき仕事もない。

キャンディスは仕事の代わりに、"NY Ghost"というブログに人気のないニューヨークの写真をアップし続ける。アメリカ各地や、まだShen feverの被害がそれほど甚大ではない寒い国々などからブログへのアクセスが殺到し、"NY Ghost"は一躍人気サイトとなる

……。

 

感染病、崩壊する社会、日常となる非日常を描いたディストピア小説

真っ先に思い出したのは『ステーション・イレブン』。

Severanceは、崩壊していく社会ではなく主人公の生活や過去に焦点を当てている。正直、設定としてはこちらが戸惑うほど『ステーション・イレブン』をなぞっているようにも見受けられる。

ステーション・イレブン (小学館文庫)

ステーション・イレブン (小学館文庫)

 

『ステーション・イレブン』はSARS騒動があった頃に書かれたディストピア小説で、グルジア風邪という病が広がる様子が、トロントを舞台に描かれている。SARSといえば大きなチャイナタウンを擁するトロントも甚大な被害に遭い、当時は、いつも賑わっているヤング&スパダイナあたりが妙にがらんとしていたことが印象に残っている。おそらく著者もその記憶から紡ぎ出した物語なのだと思う。

とはいえ、ディストピアや風刺が中心ではなく、病に影響を受ける市井の人々が何人もピックアップされ、その人生が描かれる。

SF小説を読みたいと手に取った人は期待はずれだと感じるであろう描写が(だからハヤカワや東京創元社では出版しなかったのかな)、どのような時代も変わらない人間性を映し出しているようで非常に面白い。

 

Severanceではさらに、ニューヨークという大都会が滅びていく様、世界が滅亡するというのに仕事に邁進してしまうワーカホリック、どんな状況においても自分のことを発信せずにはいられないミレニアル世代(ブログ)などなどもアイロニーを込めて描かれている。

そこがなんともいえず2010s風で、新たな風を感じられる。

 

Severance Package 

アメリカ企業に勤めている者なら、"Severance"という言葉を聞いてまず最初に思い出すのはやっぱり"severance package"、つまり「退職パッケージ」だろう。

会社都合で解雇されることになった場合、退職金が上乗せされるサービスなどを指す言葉である。

日本の外資系企業であれば会社の人員削減のために早期退職プログラムが走ることになった際、この「パッケージ」がオファーされることがよくある。例えば勤続年数 x 年収の何分の一、といった形。

会社としてはできるだけシニアな人材に辞めてほしいのでそういうオファーになっていて、何千万もの退職金が手に入るのだからここぞとばかりに辞める人も多く、ある意味会社も従業員もwin-winかもしれない。

 

キャンディスも、ある意味パッケージを受け取っている。

会社の人間のほとんどがニューヨークを離れ、より安全な田舎へ逃げようとしている時に、身寄りがないキャンディスに上司はニューヨークで仕事を続けてくれないかと頼むのだ。危険は承知、しかしある日にちまで仕事を続けてくれるのであれば、その特定の日にちに多額の給料を支払うという条件で。

もう誰もいなくなったオフィスで仕事を続けるキャンディスは、この"severance package"を受け取ってようやくオフィスへ来るのをやめようと決意するのだが、このシーンは深夜の誰もいないオフィスの静けさや、妙な熱気や、寂しさや疲れや開放感を包括しているようで、なんとも言えない気分になった。

 

ゾンビはどっち?

誰も来なくなったオフィスで、会社を維持するため働き続けるキャンディスは毎日同じ行動を繰り返す。朝起きると会社のあるビルに向かい、仕事をして、夜には家に帰る。ルーティンだ。そのようすはまるでShen fever患者そのものだと気付き、ぞっとさせられる。

自分の人生において何をするかを、自分の意思では決められない。辛くてやめたいのにやめられない。なんとなく、現代の病を見ているようでもあった。

最終的にはキャンディスが、人生を自分でコントロールしようとする様を見られたのが救いである。

最後まで読むと、"severance"というタイトルの何重にも重なった意味を考えさせられる。