[Le Fantôme de l'Opéra]
わたしはミュージカルが大好き。生まれて初めて観たミュージカルは確かThe Wizard of Oz(オズの魔法使い)で、生まれて初めて「これ、好きだな!」と思ったミュージカルはAnything Goesだったと記憶している。だからなのか、大人になってもずっと、1930年代風の陽気な作品だとか、MGMやフレッド・アステアやジーン・ケリーに目がない。
だが、人生で最も多く観ている作品は、もうダントツでThe Phantom of the Opera(アンドルー・ロイド・ウェバーのオペラ座の怪人)である。ブロードウェイでも何度も観たし、東京やシカゴやトロントやシドニーでも観たし、とにかく行く先々で必ず観てしまう。
決してこの作品のストーリーが好きなわけではない、と思う。登場人物は割と皆クズだし、暗いし、救いがないし、ハッピーエンドじゃないし……。なのにどうして何度観ても見飽きないどころか、「もう一度観たい!」と思ってしまうのか?
それはやはり、この作品に「音楽の天使」が宿っているから、なのでしょう。クリスティーヌ・ダーエが"Think of Me"を歌うシーンでは、私はいつだってラウル・シャニュイ子爵になって、胸をときめかせながら彼女を見つめている。
Think of Me - Andrew Lloyd Webber's The Phantom of the Opera
怪人が歌う"The Music of the Night"の調べはあまりに美しくて、疑惑を抱きながらも、ついていってしまうクリスティーヌの気持ちがよく分かる。
(ビデオは25周年ロンドン公演。ラミン最高〜)
The Music of the Night (Ramin Karimloo) - Royal Albert Hall | The Phantom of the Opera
はあ、延々とビデオを貼り付けてしまいそうなので、この辺で。
そういうわけで、決してストーリーが好きなわけではないと思っていたから、今の今までガストン・ルルーによる原作『オペラ座の怪人』を読んだことはなかった。なぜ今回読もうと思ったかというと、例に漏れず宝塚で『ファントム』の上映が決定したからです。雪組版『ファントム』については、また記事の後半で。読んだのはもちろん、最近の私のご贔屓・光文社古典新訳文庫。
ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』
さて、最初に本を開いた時、音楽なしで、この「クズだらけのすったもんだ」をひたすら読むのは苦痛だろうな……という思いが頭をよぎったのは言うまでもない。
が、そこはさすがにフランスのミステリー界の礎を築いたと言われる作家ルルーだけある。エンターテイメント性に富んでおり、21世紀を生きる人間が読んでも&ストーリーを知っている者が読んでも楽しめる上に、古臭さは感じられない。また、平岡敦さんの訳が現代的かつ自然で非常に読みやすい!ので、600ページ近いボリュームながら一気に読めてしまう。
新聞記者だったルルーらしく、オペラ座で起きた事件を聞き取るような形で始まるこの小説は、途中から「ペルシャ人」の手記になったりと、よりエンターテイニングな物語を実現できるよう様々な形態を取りながら進む。
実際にガルニエ宮では幽霊騒動もあったし、シャンデリアの落下事故もあったし、地下には湖があったしということで、かなり綿密な取材を経て書き上げたらしく、ガルニエ宮の描写が緻密で、この「幽霊騒動」にリアリティを持たせている。
『二階五番ボックス席は全公演をとおして、オペラ座の怪人専用とする』
支配人とそういう契約を取り交わし、オペラ座の地下に棲まう「怪人」ことエリック。「体中が屍肉でできている」という彼は、その醜さを隠すために仮面を被っている。そんな彼はオペラ座の団員クリスティーヌに恋をし、歌を教えるかわりに彼女の人生を縛りつけようとする。一方クリスティーヌは、幼なじみのラウール子爵と再会し恋に落ちるものの、「音楽の天使」エリックの怒りが恐ろしくて逃げ出すことができない。
ラウール子爵はラウール子爵で、
そう、ラウールの哀れでうぶな心は、すっかり魅了されつくしていた。幼なじみのクリスティーヌを舞台のうえで再び見て以来、心を奪われまいとしてきたのに、彼女を目の前にすると甘美な興奮に包まれる。ラウールはそれを必死に追い払おうとした。愛するのは将来妻になる女性だけだと、われとわが信念にかけて胸に誓っていたし、歌手と結婚するには身分が違いすぎるから。
クリスティーヌに惚れているものの、当初結婚したいとまでは考えていなかった。しかし、怪人という障害があるからこそ二人の愛は燃え上がるといっていいだろう。
『オペラ座の怪人』自体は恋愛やミステリーというよりはホラー小説といった趣で、初めて登場する時には人間なのかどうかも分からない怪人の存在は『フランケンシュタイン』を彷彿とさせる。
見た目が奇異だが心は周りの人間と何も変わらないところ、「愛されたい」と願い続けているところが、とにかくフランケンシュタインの怪物同様に、周りと違うからという理由で社会から排除・抹殺される怪人という存在の哀しさを際立たせている。そういえば最近では、村田沙耶香の『コンビニ人間』を読んだ時にも同じ感想を持ったのだった。
私はまだガルニエ宮に入ったことがないのです。見学ツアーもしているというし、『オペラ座の怪人』を片脇に携えて行くと、より楽しめそう。
宝塚版『ファントム』は最高だった(2018-19年・雪組)
どうしたってThe Phantom of the Opera贔屓だったので、ブロードウェイでは上演されたことのないアーサー・コピット&モーリー・イェストンの『ファントム』は今まで観たことがなかった。
ずっと、『オペラ座の怪人』の二次創作である小説『ファントム』が原作なのだと思い込んでいたくらい。原作はどちらもルルーの『オペラ座の怪人』なのですね。ちなみに小説『ファントム』は、スーザン・ケイという作家が怪人の生い立ちについて、エリックの母の視点から綴った物語らしい。
ただし、アーサー・コピット&モーリー・イェストンの『ファントム』も、エリックの父・キャリエールとエリックの関係や、今は亡きエリックの母・ベラドーヴァの愛がストーリーの要となっている。だからこそより一層怪人という存在の悲哀が引き立つ。
そしてラウル・シャニュイ子爵の代わりにフィリップ・シャンドン伯爵がオペラ座のパトロンとして登場する。フィリップはラウルの兄の名前&爵位を持っているので、どちらかというとラウルの兄を想像して作られたキャラクターといっていいだろう。クリスティーヌとの関係も純な恋愛とまではいかない。苗字がシャンドンなのは、「シャンパン」で財を成したから……らしい。
では、宝塚・雪組の『ファントム』の話を。あんな曲やこんな曲があってこその『怪人』だからな〜、『ファントム』って面白いのかな?と半信半疑で観にいった私。もちろん、ハートを撃ち抜かれて帰ってきました!
雪組の望海風斗さん、真彩希帆さんトップコンビは、日本ミュージカル界でも屈指の歌声を誇る名コンビ。この二人がトップになってからというもの、雪組チケットは他の組と比較して取りにくくなってしまったことからも人気のほどが伺える。
望海さんは力強く朗々とした男役声が魅力で、さらに演技も素晴らしかった。どちらかというと幼い印象のエリックに仕上げていたのだけれど、それが「9歳の頃からオペラ座の地下で暮らしている」という世間知らずの引きこもりオペラオタク的なキャラクター作りに功を奏している。見た目のせいで周りから受け入れてもらえない悲哀がひしひしと伝わる、母性本能をくすぐるエリックだった。
そして、そういうキャラクター作りができたのも、相手役が真彩希帆さんという稀代の歌姫だったからこそ、だと思う。あまりの声の美しさはまさに「天使」。ともすれば「エリックに顔を見せろと要求しておいて、顔を見た途端に悲鳴を上げて逃げ出す嫌な女」になってしまいがちなクリスティーヌなのだけれど、「こんな歌声で誘われたら、エリックも抵抗できないよね……しかも、歌声が美しすぎて、生身の人間なのに天使だと勘違いされてしまうクリスティーヌもある意味可哀想だよね」と思わせる説得力があった。
彩風咲奈さん演じるキャリエールの包容力も、彩凪翔さん演じるシャンドン伯爵の「これぞ宝塚!」なキラキラっぷりも、朝美絢さん演じるアラン・ショレの小物な支配人感もすごくよかった(役替わりAバージョンしか観劇できなかったのです)。
あれほど『オペラ座の怪人』推しだったのに、あちらよりもエリックに人間味があっていい作品だなと思ってしまった。もちろんBlu-rayも即買いしました(Amazonではなく、キャトルレーヴで)。
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で、こちらのラミン・カリムルーが怪人を演じた公演もまた観て、
映画版のBlu-rayも久しぶりに観たくなって購入して、

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と、『怪人』まみれの2月を過ごしたのだった。満足!