トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Flawed / セシリア・アハーン: 『緋文字』× ディストピア × YA

(フロード)

 ディストピア小説が盛り上がりをみせるとともに、YA小説も再びディストピアをテーマにしたものが増えてきている。これが面白いものばかり。こちらは、2016年に発売され、ディストピアYAの先駆けとなったもいえるセシリア・アハーンの作品。

Flawed

Flawed

 

 セシリア・アハーンは、アイルランド出身(ちなみに父は元アイルランド首相のバーティー・アハーン、姉はウエストライフのニッキー・バーンの奥様らしい! ウエストライフ懐かしい……子供の頃好きだった)。『P.S.アイラヴユー』や『あと1センチの恋』に代表されるchick lit作家で、著作は映画化もされて高い支持を受けている……という印象があったのだけれど、こちらは初めてYAを対象にして書かれた作品らしい。

 舞台となっているのは近未来で、ギルド(the Guild)という委員会が支配するコミュニティ。ギルドはもともと一時的な公開調査機関として作られたのだが、勢力を強めており、今では「フロード(Flawed)」だと告発される人々を取り調べる役割を担っている。

 フロードとは、倫理的もしくは道徳上の過ちを犯した者を指す。フロードだと判決を下された者は、Fの形の焼印を肌に入れられるのだ。その場所は5つで、罪によって場所は分かれている。

 悪い選択をした者はこめかみに。嘘をついた者は舌に。社会から盗んだ者は右手に。ギルドに背いた者は胸に。社会からはみ出した者は右足のかかとに。

 また、フロードは、赤い文字でFと書かれたアームバンドを常に着用していなくてはならない。つまり、普通の人間に混じりながらも、自分がフロードであるという印を常に背負って生活しなくてはならないのだ。……と、ディストピア感満載の物語なのだが、「赤い文字」、「焼印」とあると、やっぱり一番に頭に浮かぶのはホーソーンの『緋文字』。

 焼印を入れられる云々の描写は、かなりホーソーンを意識しているようで、『緋文字』に出てくる言葉がいくつも繰り返し使用される。姦通罪で町民に非難され、胸に不徳の印となる赤い「A」の文字("adultery"のA)をつけることになる主人公のヘスター・プリンだ。ちなみに、日本語版だと光文社古典新訳文庫はすごく読みやすいのでおすすめ。翻訳は小川高義さん。

緋文字 (光文社古典新訳文庫)

緋文字 (光文社古典新訳文庫)

 

 『緋文字』では、ヘスター・プリンとその娘が被差別者として、ピューリタニズムではなく独自の信仰を持ち力強く生きていく様が描かれている。

 

 では、Flawedはどうか?

 主人公のセレスティン(Celestine)は17歳。定義や論理、黒白はっきりつけることが好きな女の子(ちなみに父親が黒人、母親が白人で、本人もblack and whiteである)で、大学では数学を学ぼうと計画している。

 ボーイフレンドのアート(Art)がギルドの権力者、クレヴァン裁判官(Judge Crevan)の息子ということもあり、ギルドの仕組みやその正当性について疑念を抱いたことはなかった。しかし、彼女の生活はある朝大きく変わってしまう。

 バスに乗り学校へ向かっている時、フロードの老人が咳をしながら乗り込んでくる。体調が悪いようだが、バスにはフロードの席が2つしかない。フロードの席は降り口に近い場所にあることから、その2つの席には足の悪い中年女性とその友人が座っており、老人は立つことを余儀なくされる。あまりに老人の具合が悪そうなので、見かねたセレスティンは中年女性らに「あなたたちはフロードではないのだから、後ろの一般市民用の席に座ってはどうか」と提案するのだ。

 フロードを直接助けることは法律で禁じられているので、セレスティンが考えた苦肉の策がこれである。しかし中年女性らは動こうとせず、そうこうするうちに老人の咳き込みがますますひどくなり、セレスティンは彼の手をとって、一般市民用の席に座らせる。

 この行為は非難を呼び、セレスティンはフロードであると非難され、裁判に呼び出される。「身を守るために嘘をつけ」と両親は諭すのだが、嘘をつけなかったセレスティンはフロードと認定され、Fの文字を体に焼き付けられることになる……。そして、今まで想像もしなかった生活が始まるのだ。

 

 YAらしいアイデンティティ探しや恋愛の悩みもあれば、ディストピアの恐ろしさも味わえ、『緋文字』のような「周りと違う人間を非難する社会の醜さ」も痛感できる。いろいろな面を併せ持った読み応えのある作品だった。普段YAを読まない人にもおすすめ!

 Flawedは出版と同時に映画化も決定している。ワーナーブラザーズが映像化することが決まり、脚本家もついたそうなので近いうちにスクリーンでお目にかかることができるかも? 

 『緋文字』x YAといえば、 高校生活を舞台とした『小悪魔はなぜモテる?!』も『緋文字』をモチーフとした作品。この邦題じゃ分かりにくい……(原題はEasy A

 

 

 ちなみにこの作品は二部作。続編のPerfectも、今ならKindleで第一章が無料で読めます。

Perfect: Chapter Sampler (Flawed)

Perfect: Chapter Sampler (Flawed)

 

 

 

保存保存