春にこそ読みたい小説(海外文学)のリストを作ってみた。
暖かくなってきたので、日向ぼっこをしながら桜を待つ間にでもいかがでしょうか。
タイトルに「春」を含むものから。
*適宜アップデート中です。
- タイトルに「春」が入る6冊
- 新しい人生が始まる3冊
- 桜をモチーフにした2冊
- 緑を感じさせる2冊
- 春が舞台の4冊
- 初恋を描いた2冊
- 春にこそ読みたい長編1冊
- 春風のような4冊
- ダイヤモンドと鳩がモチーフの1冊
- 番外編:『春の雪』三島由紀夫
- 2018年春の新作リスト
タイトルに「春」が入る6冊
『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー(中村妙子訳)
アガサ・クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で執筆した小説。
イギリスの専業主婦として生活してきたジェーンが、娘家族の暮らすテヘランを訪れる。その一人旅における、ジェーンの心模様を繊細に描き出す。
ロマンス小説と紹介されることが多いが、どうだろうか。ある意味サスペンスだし、ミステリーでもある。
他の人の本当の気持ちを知ることは不可能だとしても、ここまで食い違ってしまうことはあるのだろうか? もしかして、自分が気付いていないだけで、自分も誰かにとってジェーンのような存在なのだろうか?
『春のめざめ』フランク・ヴェデキント(酒寄進一訳)
何度もミュージカル化されている物語。思春期に差し掛かった少年少女の性の目覚めと、それを恐れ抑圧しようとする大人たちを描く。
生き生きとした少年少女は、まさに春そのもの。
出版された1891年当初には、さぞかし波紋を呼んだだろうと想像できる。
リア・ミシェル主演でミュージカル映画化される話が数年前にあったのだが、その後どうなったのだろう……。楽しみに待っているのですけれど。
青春期の持つ不安定な感じが、春にぴったりくる気がする本は他にもいくつかある。
『思春期病棟の少女たち』スザンナ・ケイセン(吉田利子訳)
『17歳のカルテ』と題して映画化。
麻薬中毒や精神疾患で入院するというのは、この小説が出版された当時(1993年)は今ほどよく聞く話ではなかった、はず。
映画では若かりし頃のアンジェリーナ・ジョリーが演じたリサという女の子がとにかくエキセントリック。女の子たちのキャラクターのおかげで、ともすれば暗くなりがちな物語がユーモラスに彩られている。
こちらも、洋書が非常に読みやすいので英語で読むのもおすすめ。
映画はこちら。
青春=人生の春。
『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク(岡照雄訳)
原題は『ミス・ブロウディの最良の時』というニュアンスなのだけれど、ブロウディ先生に「一流中の一流の女性」になるように教育された少女たちの思春期を描いた小説。
登場人物に対する風刺がなんともイギリス的。
『わが青春の輝き』マイルズ・フランクリン(井上章子訳)
子供の頃読んで、感想が言葉にならないほど感銘を受けた本。
オーストラリア人作家の自伝的小説。
主人公の少女シビルは貧しい両親のもとに生まれるが、10代になると裕福な祖母に引き取られ、新しい生活を始めることになる。傲慢な一面もあるものの素直でまっすぐな彼女は、ハリーという青年と出会い恋に落ちる。甘い生活、その後やってくる何年もの別離、果てしない喧嘩の末に、夢(作家になりたい)を追いかけたいから結婚はできないとハリーに告げるシビルだが……。
『風と共に去りぬ』のスカーレットに似た、熱い魂を持つ少女の物語。
Spring / アリ・スミス
Spring: 'A dazzling hymn to hope’ Observer (Seasonal Quartet)
- 作者:Smith, Ali
- 発売日: 2019/03/28
- メディア: ハードカバー
アリ・スミスによるSeasonal Quartetの3冊目は、春。といっても物語が動くのは秋だったりして、決して春らしい春を描いた小説ではない。
それでも、春を待つ人の言葉や、春の終わりを嘆く人の態度が印象的で、改めてこの季節の素晴らしさを噛み締める。
新しい人生が始まる3冊
『フラニーとゾーイー』サリンジャー(野崎孝訳)
感じ方・受け取り方は変わると思うので10代、20代、30代と読み返したい1冊。
社会制度や環境の変化に混乱しているフラニー(妹)とゾーイー(兄)の会話。
フラニーの心に染み込んでゆく、ゾーイーの言葉の数々。言うことすべてにセンスがある。
「もしも制度相手に戦争しようというんなら、聡明な女の子らしい銃の撃ち方をしなくっちゃ、だって敵はそっちなんだろう」
村上春樹による翻訳もあり。こちらの方が分かりやすいかもしれない。
『オレンジだけが果物じゃない』ジャネット・ウィンターソン(岸本佐知子訳)
こちらも青春を描いた作品、それも著者の自伝的小説にしてデビュー作である。
ウィットに富んでいて、時にほろ苦い。熱心なキリスト教徒である母に抑圧されて育ったジャネットのキリスト教への考え方の変化、そして家族や宗教的に決して許されない相手との初恋と自身のアイデンティティについて。
若い女の子がもがき苦しみながら、自分の信念を確立していく話。
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー(水戸部功・大森望訳)
ああ、不思議なこと! ここにはなんて素敵な人達がいるんでしょう。人間はなんて美しいんでしょう。素晴らしい新世界。こんな人々が住んでいるんですもの!
(『テンペスト』シェイクスピア より)
1930年代に出版されディストピア文学の源となったこの作品も、帯で伊坂幸太郎さんが語っている通り「心地良い浮遊感があって」春に読むと「うっかり楽しい気持ちに」なってしまいそう。
新生活に絶望してしまいそうな時に読むのも……いいかも。
桜をモチーフにした2冊
『桜の園』 チェーホフ(神西清訳)
19世紀ロシアの没落貴族の物語だが、 チェーホフがそこに描くのは人間の普遍性、ユーモア、皮肉、悲劇とコメディである。
だからこそ時を超えて、繰り返し世界中の人に読まれているのだろう。
太宰治の『斜陽』、吉田秋生の『櫻の園』など、『桜の園』に影響を受けて生まれた名作が多いことにも注目したい。
チェーホフの『桜の園』を毎年上演する女子校演劇部の生徒たちの物語。
『蝶の舌』マヌエル・リバス(野谷文昭・熊倉靖子訳)
マヌエル・リバスはガリシア語で執筆するスペイン人作家。
スペインでは色々と出版されているようだが、日本語訳されたのはこれ1冊のみ。とにかくどの短編も素晴らしい! ので、今では入手しにくいのが残念。
春が来るといつも思い出すのが、「愛よ、僕にどうしろと?(¿Qué me quieres, amor?)」という作品。
僕は夏が来て最初に摘むサクランボの夢を見る。
という冒頭と、サクランボを口移しに食べ、軸を舌で結んでしまう可憐な恋人の描写が印象的(ちなみにスペインではサクランボが実るのは5月頃。バルセロナではサクランボ祭りも催される)。
緑を感じさせる2冊
『大いなる遺産』チャールズ・ディケンズ(佐々木徹訳)
これはもう完全に映画の影響である。
アルフォンソ・キュアロン監督の『大いなる遺産』が素晴らしくて!
この監督は緑が大好きなようで、どの映画を見てもとにかく緑の使い方が美しいのだが、 『大いなる遺産』では登場人物が緑を着て登場する。
グウィネス・パルトロー、瞳と衣裳の色が同じ。きれい……。
様々なトーンの緑が、まるで春そのもの。
ディケンズの原作も、もちろん負けず劣らず面白い。
『緑の髪のパオリーノ』ジャンニ・ロダーリ(内田洋子訳)
『パパの電話を待ちながら』に次ぐ、内田洋子さん訳のジャンニ・ロダーリ。短いお話ばかりなのだけれど、どれもユーモアたっぷりで心地いい余韻が残る。
童話風の話でも、決して「道徳的」ではないのがいい。子どもに対して「こうしないと、ああなるんだぞ!」ではなくて、「こうだったらいいよね、楽しいよね」というおおらかな姿勢が本当に好き。
そしてやっぱり猫の話がいい! ローマの人々が関西弁を使っているのもいい! すごく合ってる!
春が舞台の4冊
『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』ジョイス・キャロル・オーツ(栩木玲子訳)
オーツの、悪意にあふれた短編集。表題作「とうもろこしの乙女」は4月に起こった出来事について書かれている。
誰からも注目されないような地味で目立たない女の子グループが、金色に輝く髪を持つ知恵遅れの美しい少女を誘拐し、インディアンの儀式さながらに生贄にしようと企むという話。このような作品はアメリカという広大な国を舞台としてしか書けないのではないかという気がする。どことなく不安な気持ちが残る短編たちは、天気も気圧も不安定な春にぴったりかもしれない。
『魅せられて四月』 エリザベス・フォン・アーニム(北條元子訳)
絶版になっているのが残念……だけど、映画化もされています。時代は第1次世界大戦後。花々が美しく印象的な4月のイタリア・ポルトフィーノを舞台に、イギリス人の四人の女性が登場する小説。人生に疲れ果てた中年の彼女たちがイタリアのとある古城を貸切にして、次々に生まれ変わっていく。
『わたしたちが光の速さで進めないなら(巡礼者たちはなぜ帰らない)』キム・チョヨプ(カン・パンファ / ユン・ジヨン訳)
冒頭の短編「巡礼者たちはなぜ帰らない」は、春になると村から旅立ち「始まりの地」に向かい、1年後の春に戻ってくる(あるいは戻ってこない)若者たちについての物語。巡礼者たちはどこへ向かい、何を見て帰ってくるのか? 巡礼前とは一体何が違っているのか?
宇宙をテーマにしたSFだけれど、「生まれる」ことの喜びや苦しみを感じさせる箇所もあり、遺伝子組み替えや整形が日常茶飯事となった現代社会を風刺しているようでもあり、母と子の絆やシスターフッドを描いた物語でもある。
『マンスフィールド短編集(幸福)』キャサリン・マンスフィールド(西崎憲訳)
「幸福」は、バーサという女性に訪れる、春のある1日を描いた物語。すばらしい空気、美しい花、春だからこそ感じられる生きているという喜び。幸福と不幸の入れ替わりも鮮やかで、もう1つの名作「ガーデン・パーティー」を彷彿とさせる(こちらも収録されている)。
初恋を描いた2冊
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク(松永美穂訳)
とある男性が振り返る、自身の初恋。
「どうして、かつてはすばらしかったできごとが、そこに醜い真実が隠されていたというだけで、回想の中でもずたずたにされてしまうのだろう?」というミヒャエルの言葉が胸に刺さる。
本を読んであげるという甘く優しい行為がつなぐ関係は少年にとっては初恋だったが思わぬ形で長い間続くことになる。歴史(この場合は第二次世界大戦やナチス)が人生に与える影響と、人間の尊厳について考えさせられる。
「一読したときにはインパクトの強い事件ばかりが印象に残るが、二読目に初めて登場人物たちの感情の細やかさに目が開かれる」と訳者あとがきにあるが本当にその通り。
『エヴリデイ』デイヴィッド・レヴィサン(三辺律子訳)
これもある種の初恋を描いた小説。主人公のAは名前もなければ、性別も体も持たない。あるのは意識だけ。Aは毎日違う人物の体を借りて目覚めるのだ。
そんな彼がある日出会ったのがリアノン。彼女に恋をしてしまってからというもの、もう一度彼女に会うためにあらゆることを試してみる。しかし毎日違う体・違う性別で目の前に現れるAのことをリアノンは受け入れられるのか?
意識だけの存在・Aや、宿主となる少年少女たちの会話文がナチュラルで、訳が素晴らしいと感じる。
春にこそ読みたい長編1冊
『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット(廣野由美子訳)
決してタイトルに「march」と入るからというわけではないのだけれど、春に読むのがぴったりだと感じる小説。古典新訳文庫も、2021年3月(春!)に完結しますね。
イギリスの地方都市ミドルマーチを舞台に、さまざまな登場人物の人生が交錯する。
春風のような4冊
『保健室のアン・ウニョン先生』チョン・セラン(斎藤真理子訳)
SFなのか、ロマンスなのか、ホラーなのか。色々なものがいっしょくたになった奇妙奇天烈な物語は、読んでいて本当に楽しい。霊能力の持ち主である保健室のアン・ウニョン先生が、高校に現れる邪悪な存在と戦う物語。
ときどき現れる恋愛エピソードが春風のように心地いい。
映像化もされていて、Netflixで配信中。
『蜜のように甘く』イーディス・パールマン(古屋美登里訳)
稀代のストーリーテラー、イーディス・パールマン。すでに出版されていた『双眼鏡の眺め』も素晴らしいのだが、こちらの方が短いのと、「おとぎ話」をモチーフにしたパールマンらしい短編が並んでいるので、まずこちらを読むことをおすすめしたい。
もしかすると生まれたかもしれない恋、子どもをもって初めて知った喪失への恐れ、騎士のいるお城、ずっと心に残る父の胸の温かさと幸福感。
とてもシンプルなようでいて鮮やか、無駄な言葉がひとつもない物語を堪能できる贅沢な短編集。
『息吹』テッド・チャン(大森望訳)
SFのみならず文学の歴史に残るであろう名作。SFという舞台を用いて、人と人だけではなく人と機械、「なにか」と「なにか」の絆を描き続けているテッド・チャンの最新作。多作な作家ではないけれど、これだけであと何十年も楽しめること間違いなし。
『アラビアンナイト』、『東方見聞録』を思わせるような語り口の「商人と錬金術師の門」や、バーチャルな存在に対する愛情を描いた「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」など、春風のように新鮮で美しい作品ばかり。
『紙の動物園』ケン・リュウ(伊藤彰剛・古沢嘉通訳)
なんとなくもぞもぞと落ち着かない気分で(天気のせいかもしれない)、集中力散漫になりがちな春。では長編ではなくて短編を読もう。
もう有名になりすぎて、紹介するのも憚られるほどですが、ケン・リュウはやっぱりどれも面白い。SFだけれど少しおセンチなところも現代的でいい。
The Paper Menagerieという彼の短編集からとくに幻想的な短編が選ばれているのが、『紙の動物園』。
ダイヤモンドと鳩がモチーフの1冊
『ダイヤモンド広場』マルセー・ルドゥレダ(田澤耕訳)
けっして4月の誕生石がダイヤモンドだからというわけではないのだけれど。バルセロナで生まれ育った少女が恋を知り、大人になり、子どもを生んで、夫と死に別れ、老いていく。そんな一生が比較的淡々と語られているのに、あちらこちらでそれこそダイヤモンドのように、きらきらと光るエピソードが。
読み終わると、透明で冷たいダイヤモンドのかけらと、鳩の羽が心の底に残っているような気持ちになる。
番外編:『春の雪』三島由紀夫
春が1年の始まりを表す日本では、それこそ山のように「春」や「桜」をタイトルもしくはテーマにした小説があるのだけれど、やっぱり一番に脳裏に浮かぶのは三島由紀夫の『春の雪(豊饒の海 第一巻)』です。
侯爵家のおぼっちゃま松枝清顕と、伯爵家令嬢の綾倉聡子という幼馴染の間の恋の駆け引きと、それが引き起こすとんでもない顛末。
初めて読んだときは、その世界の美しさに陶然となったことを今でも覚えているし、折に触れて読み返してしまう1冊。
友人として登場するシャムの王子様が気になったら、『豊饒の海』シリーズ読破はもちろん(第三巻・暁の寺はタイが舞台となっている)、カンボジア王を描いた『癩王のテラス』なんかも読みたくなってしまうこと間違いなし。
そして宝塚版の『春の雪』も素晴らしいのですよね……これ以上のキャスティングはありえないなあ。
2018年春の新作リスト
に関するページがpopsugarにあったので、ご紹介。
みなさま、花粉症に負けずに春もhappy reading!
夏、秋、冬のリストはこちらです。
(自分で読んだ本しかリストにしていないので)折に触れアップデート中。