トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Warlight / マイケル・オンダーチェ

5月に発売された、オンダーチェの最新作。即購入し読み始めて、そうこうしている間にブッカー賞ロング・リストにノミネートされ、残念ながらショート・リストには入らず……読了まで長いことかかってしまっWarlight。

2018年のブッカー賞ロング・リスト - トーキョーブックガール

4ヶ月もかけて読んだことになる。

ひゃー! 後から買った他の候補作を先に読んでしまった。

紙じゃなくてKindleを買ってしまったのが一番の原因かなあ。その詩的な表現はもっとじっくり読み込みたいので、ペーパーバックも購入検討中。紙好き人間ゆえに……。

Warlight: A novel

Warlight: A novel

 

 

マイケル・オンダーチェ

さて、スリランカ生まれのカナダ人作家マイケル・オンダーチェ。先日ブッカー賞の50周年を記念して行われた一般投票で、『イギリス人の患者*1』が「ゴールデン・ブッカー賞」に選ばれたことも記憶に新しい。

これは審査委員団による各10年を代表する作品の選出方法に異議ありだったため当ブログでは触れなかったのだけれど(『イギリス人の患者』はもちろん大好き)、ジャッジたちからも人気な上、映画化されたこともあり一般の認知度も高い作品ということなのだろう。

スリランカもカナダも大英帝国文化圏内といえばそうなのだけれど、それでも快挙だ。

オンダーチェは、同じ街に住んでいたことがあったのでイベントに行ったり、学生時代にとことん読んだりというご縁がきっかけで大好きになり、新作が出ると必ず読んでいる作家の一人。

詩人ならではの文章の美しさと登場人物から距離をとって物語る手法が特徴的で、彼のテクニックが特に生かされているのは『ディビザデロ通り』ではないだろうか。

ディビザデロ通り (新潮クレスト・ブックス)

ディビザデロ通り (新潮クレスト・ブックス)

 

ディビザデロ(スペイン語で境界線 / divisadero)通りから始まった縁が、絡み合うわけでも遠く離れてゆくわけでもなく、それぞれの登場人物の人生とそれらに関係する人々の人生がコラージュのように綴られる様子がとても官能的だった。

また、名前や言葉を重要視している作家だなと思ったものだ。「ゴーストラスカラナ」(Gotraskhalana / サンスクリット語で、"stumbling on a name"という意味。恋人の名前を呼び間違えること)という言葉を通して、亡くした愛や体験、人々についての思い出が語られる。

 

Warlight 

名前の重要性は、最新作Warlightでも十分に感じられる。

タイトルの通り、第二次世界大戦後のイギリスを舞台とした物語である。

前半は1945年に幕をあける。

父が仕事のためシンガポールへ赴任することになり、母も後を追い旅立つ。主人公のナサニエルは14歳、姉のレイチェルは16歳だ。残された姉弟は「両親の同僚」であるという男性と一緒に住むことになる。

Ours was a family with a habit for nicknames, which meant it was also a family of disguises.

という言葉通り、姉弟以外の登場人物はニックネームで語られるのだが、この男性は"the Moth"と呼ばれている。そのあだ名の通り、「蛾」のように動くひょろひょろとした男だった。

それからしばらくして、ナサニエルとレイチェルは地下室で母のトランクを見つける。母がシンガポールに持って行くと言って用意していたトランクだ。中身も全て詰まったまま置いてあった。このことからどうやら母は、父を追ってシンガポールに行ったわけではないらしいと判明する。だが、母の所在は不明のまま。

"The Darter"や彼の恋人オリーブ・ローレンスといった、"the Moth"の友人らも家に出入りするようになり、彼らから人生について学びつつナサニエルは成長していく。

バイト先で知り合った女の子アグネスとの空き家での初体験、"the Darter"とテームズ川でボートに乗り込みwarlight(戦時に取り付けられていたほのかな灯り)のような灯りのもとでこっそりとドッグレース用の犬を輸送したこと……。

You return to that earlier time armed with the present, and no matter how dark that world was, you do not leave it unlit. You take your adult self with you. It is not to be a reliving, but a rewitnessing. Unless of course you wish, like my sister, to damn and enact revenge on the whole pack of them.

ぼんやりとした弱い戦時下のような光の中で様々なことが起こり、父母のいない生活が日常になっていく。

こういった何気ない出来事を一つ一つ、大人になってからのナサニエルが回想しているのだが、その描写が美しく郷愁に満ち満ちていて、まるで映画のように読める作品だ。

 

後半は1959年から始まる。

ナサニエルは28歳になっており、母が突然戻ってきたときのことを回顧する。その頃にはナサニエルもレイチェルもすっかり両親のいない家に慣れきっており、うまく彼女と交流することができない。だがナサニエルは母の死後、ひょんなことから彼女の秘密を知ることになる……。

後半はかなり展開が早く、伏線が猛スピードで回収されていく。語り手はあくまでナサニエルなのだが、彼以外の人物についての話ばかりなので、どこまでがナサニエルの空想でどこからが真実なのかが正直分からない部分もある。が、その書き方もオンダーチェらしいといえるだろう。

少年時代、孤児のようにして育ったナサニエルがいつまでも大事に抱えている思い出が、彼以外の人にとっては全く別の意味を持つ(もしくはなんの意味も持たない)ということを知ってしまうのが切なく、心に残る。その育ちの複雑さから、誰とも感情を共有できない哀しみがある。

 

前半〜後半途中まで、何が起きているのか明らかにされないまま物語が進む様子が、ロンドンの霧の中を進んでいくようで魅了された。

本名の分からない「保護者」たち、子供が知らない別の名を持つ母、レイチェルが自身の子につける名前、「新世界のヤマアラシ」・「マドリガル・イタチ」というおかしなニックネーム。名前を通して、少年少女が第二次世界大戦によって失ったものの大きさを知ることになる。ナサニエルが感情は込めずに淡々と語るからこそ、戦争の副産物でもある、子供が心に負った傷が克明に見えてくる。

 

本作に登場する作家や小説

いくつか小説が登場するのだが、それらを通して登場人物の性質や性格が立ち上がってくるのが面白かったので、書き記しておく。

アーサー・コナン・ドイル

家に出入りし、少年時代のナサニエルに多大な影響を与えた男性アーサー・マクキャッシュから借りて読んだペーパーバックはコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』。「母の行方を知っているらしい謎の男性から渡される探偵小説」という設定になんだかグッとくる。

緋色の研究 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

緋色の研究 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

 

 

オノレ・ド・バルザック

イギリスに戻った母の本棚には、フランス語のバルザックのペーパーバックがずらりと並んでいる。現実世界の人々に興味を全く示さなくなった母だが、ラスティニャックなど『人間喜劇』の登場人物には共感しているようだ。

アーサー・マクキャッシュのお気に入り作家であるコナン・ドイルが、「バルザックを読んだことはない」と豪語していたというのがまた興味深い。

ゴリオ爺さん (古典新訳文庫)

ゴリオ爺さん (古典新訳文庫)

 

 

アルトゥル・シュニッツラー

こちらも母が所有していた本。とある登場人物を連想してしまう。カサノヴァのその後についてを書いた、ドイツ語のペーパーバック。 

カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)

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ジェフリー・ウィンスロップ・ヤング

 母の若いころをよく知る人物の愛読書。

「奇書中の奇書」として知られる本を書いた作家らしい。1930年代に若者の間で流行っていた、壁をよじ登るという行為(今でいうヤマカシみたいなもの?)についてのガイド。『登攀者のトリニティーへのガイド』。

(参照:Thomas Mailaender: The Night Climbers of Cambridge

The Roof-climber's Guide to Trinity

The Roof-climber's Guide to Trinity

 

 

 

*1:なんと日本語訳は絶版になっているのですね。復刊されるといいなあ。