トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『崩れゆく絆』チヌア・アチェベ

[Things Fall Apart]

ナイジェリアという国は非常に多くの小説家を生み出している。

チヌア・アチェベ、ウォーレ・ショインカ(アフリカ人初のノーベル文学賞受賞者)、ベン・オクリなど。

若い作家の台頭も目覚ましい。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、ヘレン・オイェイェミ、セフィ・アッタ、ヘロン・アビラ。

『オープン・シティ』が最近話題のテジュ・コールも、アメリカ人だが幼少期をナイジェリアで過ごしている。

アフリカ一人口が多い国だから、というだけではないだろう。

アチェベによる『崩れゆく絆』は、ナイジェリア文学を一躍有名にした小説だ。とある村で起こった「文明の衝突」に関する物語である。

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

 

詳しくはまた別の日に書きたいと思っているのだけれど、海外文学をあまり読まない方にもおすすめの一冊だ。はじめての海外文学としても、おすすめ。

世界には『読むべき小説100冊*1』リストが数多く存在するが、その中でも有名なのはノルウェー・ブック・クラブ、ガーディアン、タイムだろう。その3つのリスト全てにランクインしている小説は実は4冊しかない。

そして、『崩れゆく絆』はそのうちの1冊なのである。

なぜ世界中の読書好きさんから支持されているのか?それはきっと読めばわかる。

 

主人公は、 イボ族*2の男オコンクォ。前半はイボ族の風習や文化についての描写が続く。文体もチュツオーラ*3に近い感じで、ナイジェリアの風習や呪術について知ることができる。

成功に値する者がいるとすれば、まさにオコンクォこそ、その男。若いころには、この地方一帯の最強レスラーとして名を馳せた。これは運ではない。

「収穫のたびにヤムで家族を養える男こそ、まさしくたいした男である」という価値観の村でオコンクォは一目置かれており、オコンクォも自身の息子にその名声を継いでほしいと願っている。

非常にゆったりした印象で、村の伝統や価値観が紹介される前半とは打って変わって、物語の後半ではめまぐるしく物事が進んでゆく。

村にキリスト教宣教師のグループが到着する。

…ほかの男が聞いた。「じゃあ俺たちが神々を捨てて、あんたの神に従えば、なおざりにされた神々やご先祖の怒りから、だれが守ってくれるというんだ」

「あなたがたの神々は実在していません。だからなんの害もありません」白人は答えた。「あれはただの木切れや石ころです」

 これが通訳されると、ムバンタの人たちは嘲るように笑った。こいつらは気が狂っている、とだれもが胸の内で思った。

しかし、オコンクォの出来損ないの息子など共同体における被差別者が宣教師の歌う歌に魅せられていき、村の結束は徐々に崩れていく。

この小説の原題は"Things Fall Apart"である。題名の通り、何百年何千年と続いた文化が、異文化によって滅ぼされる様が胸を打つ。

 

訳者まえがきによると、作者であるアチェベは

熱心なキリスト教徒の両親の手で育てられました…とはいえ、近親者を含む多くの人びとがそれまでの生活と信仰を守っていたため、少年時代のアチェベは厳格なキリスト教教育を受けるいっぽうで、日常的には古くから伝わるさまざまな宗教儀礼や祝祭、文化や慣習に慣れ親しんでいました。こうした「文化の交差路」のなかで成長した彼自身の経験は、『崩れゆく絆』を生み出す大きなきっかけとなったとともに、小説の主題や描写などにも色濃く反映されていると言えます。

これはガルシア・マルケスなどラテンアメリカ文学でも見受けられる。キリスト教とその土地に根付いた慣習が入り混じった物語は興味深い。

また、アチェベはそれまでの「西洋が見たアフリカ」=「暗黒大陸」というイメージに怒りを感じ、小説を通して西洋に剥奪されたアフリカの文化を取り戻したいと考えていたという。

同じ思いで筆をとるナイジェリア人作家は今もいる。チママンダ・アディーチェもその一人である。彼女のインタビューや話す内容は素晴らしいものばかりなのだが、特にTEDトークでは上記のテーマを深掘りしていて興味深い。

logmi.jp

そして、その野蛮な未開の土地というイメージをアフリカに植え付けた代表的な小説は、もちろん『闇の奥』だろう。

アチェベも、「あるアフリカのイメージ:コンラッドの『闇の奥』にみる人種差別」と題した批評を発表し、この小説を批判している。

何があるか分からないジャングル、未開の土地。周りの黒人たちが何を考えているのかも分からない。そんなヨーロッパ人から見たアフリカが描かれた小説である。

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

 

『闇の奥』では、奥へ奥へと闇の中を進んで行く恐怖が描かれる。未開の土地を切り開いていく人間、いや、生き物が持つ恐怖。

村上春樹に影響を与えたというのは有名な話だが*4、西洋と東洋の違いというのか、コンラッドが常に平面上を奥へ奥へと進んで行くのに対して、村上春樹の小説は井戸の中・下へ下へと降りていくという感覚がある気がする。

 

今日、3月21日はアチェベがこの世を去った日でもある。

素晴らしい作品を生み出し、アフリカ文学の礎を築いた彼のことを思い、『崩れゆく絆』を読み返してみようかと思う。

世界がフラット化することにはメリットとデメリットがある。

その土地の素晴らしさは、住んでいる者が一番よく知っているのかもしれない。

 

みなさま、今日もhappy reading!

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*1:ここでは、現代文学ではなく、英語で書かれたものだけでもなく、世界中の小説の中から選んだオールタイムベストのリスト。

*2:架空の民族。

*3:『やし酒飲み』の作者。ナイジェリア出身。

*4:というよりも、村上春樹が敬愛するフィッツジェラルドに影響を与えたというべきか。フィッツジェラルドは『ノストローモ』を絶賛している。『羊をめぐる冒険』、『1Q84』などにコンラッドの影響が見られるといわれている。『羊をめぐる冒険』では、「鼠」の別荘に読みかけのコンラッドの小説があったと描かれている。