トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

The Refugees / Viet Thanh Nguyen(ヴィエト・タン・ウェン)

ピューリッツァー賞のフィクション部門受賞作は、ブッカー賞と同じくどれも読み物として面白いので注目しているのだが、2016年のヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー*1』は個人的に苦手なスパイ小説ということで、手が伸びなかった…。

ピューリッツァー賞 フィクション部門 - Wikipedia

が、そんな著者の最新作はおもわずジャケ買い(カバー買い)してしまいましたよ。

Amazonだと違うカバーが表示されるので、写真を撮ってみた。色がおしゃれ。

バイクに乗った女の人はアオザイを着ていて、クラクションがとにかくうるさくて辟易したベトナムを思い出す。

う〜ん、おしゃれ。今年読んだ本の中で早くもベスト・オブ・表紙デザイン候補。

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The Refugees

The Refugees

 

著者のヴィエト・タン・ウェン*2は4歳の時、ベトナム戦争の終焉とともに家族とアメリカに移住している。

両親は移住後サンノゼにてベトナム食品店を営んでいたのだとか(今もあるのかな?)。

デビュー作は上記の『シンパサイザー』で、The Refugeesは2作目だが今まで書き溜めた短編小説集だ。

比喩が全く使用されないシンプルな文章はどこか硬質で、ヘミングウェイのようでもある。

収録されているのは"Black-Eyed Women"、"The Other Man"、"War Years"、"The Transplant"、"I'd Love You to Want Me"、"The Americans"、"Someone Else Beside You"、"Fatherland"の8作。特に印象深かった作品の感想は下記の通り。

 

 

"Black-Eyed Women"

アメリカに難民として移住し、父亡き後は母と二人で暮らす私。ある日、25年前に死んだ弟が幽霊になって家に現れる。弟は少年の頃のままなのだが、母は当然のようにこう言う。

They always look exactly the same as when you last saw them.

幽霊っていうのは、生前最後に会った時と同じ姿で現れるものなんだよ。

というわけで、弟は全身びしょびしょだ。ベトナムからアメリカへ向かう難民ボートが海賊に襲われた時に海に転落して死んだのだから…。

当たり前のように幽霊という存在を受け入れ、飄々といつも通りの日常を送る母親("Ghosts don't live by our rules. Each ghost is different...You think baby ghosts behave the same as grandfather ghosts?")がかえって家族に降りかかった悲劇を身近に感じさせる。新たな人生と物語の始まりを予感させるような、短編集の冒頭の作品にふさわしい逸品。 

 

"The Other Man"

タイトルからして浮気相手の話かと思い読み進めるのだが、いい意味で裏切られる。

主人公のリエム(Liem)はベトナム戦争の終わりに、パリッシュ(Parrish)というスポンサーに引き取られ、サンフランシスコへ渡り彼の家で暮らすようになる。中年のパリッシュはニコニコとして人が良く、マーカス・チャン(Marcus Chan)という恋人のいるゲイの男性だ。マーカスは香港出身の青年で、留学のためにアメリカへ来たが香港の家族にゲイだということがばれ("They think we've got a Western disease")、仕送りを止められている。

サンフランシスコで、リエムは数多くのことを学ぶ。紫とモーブの違いだとか、コミュニティのオープン性だとか、初めての恋人となるマーカスの魅力だとか。自分が美しい男だということも。

リエムは家族を支えなければいけない長男で、父親はいつも「家族にお金を送るように、正しい生活を送るように」という手紙をよこす(リエムがゲイだということを示している)。肉体的にも精神的にも故郷との断絶を感じながら、あまりに開放的なアメリカに戸惑いつつも次第に自分のアイデンティティを認められるようになるリエム。

彼が"the other man"としてではなく、全部をひっくるめて愛し愛される日はそう遠くないはずだと言いたくなる。

 

"I'd Love You to Want Me"

カン夫人(Mrs. Khanh)の夫である教授(the professor)はアルツハイマーにかかっており物忘れが激しくなっている。そんな中、カン夫人のことを「イェン(Yen)」と呼びだし…。

お互いを"Ba(お父さん)"、"Ma(お母さん)"もしくは「お前」「あなた」と呼び合い、名前で呼ぶことなんて久しくなかった老夫婦。

イェンとは一体誰なのか?過去の浮気相手なのか、学生なのか、初恋の相手なのか?

カン夫人にロマンチックな贈り物をしたことは一度もなかったのに、「イェンのために」とバラを買って帰る。嫉妬に苛まれたカン夫人が、夫が自身のアルツハイマーの状態を記録しているノートに夫の筆跡を真似て"Today I called my wife by the name of Yen. This mistake must not be repeated(妻をイェンと呼んでしまった。この過ちは繰り返してはならない)"と書き記す場面も圧倒的な筆致で読ませるが、徐々にアルツハイマーが進んでいく夫を横で見つめながら、二人の絆や一緒に過ごした数十年間がガラガラと音を立てて崩れていくような無力感に襲われるカン夫人が痛々しい。

若年性アルツハイマーにかかった主人公を描いた『アリスのままで(静かなアリス)』とはまた違う、「大切な人の記憶がなくなってゆく」という絶望がひたひたと静かにカン夫人を包み込む様子が印象的だった。

 

"The Americans"

ベトナム戦争でB-52を操縦した元軍人のジェイムズ・カーヴァー(James Carver)は妻のミチコ(Michiko)とともに戦後初めてベトナムを訪れる。

娘であるクレア(Claire)がベトナムで英語を教えているからだが、ベトナムに来たくなかったカーヴァーは何を見ても文句ばかり、娘のボーイフレンドがタイ人であることも気に食わない。挙げ句の果てにクレアからは「黒人と日本人のミックスで、どこにいても居場所がなかった。ベトナムで仕事をしているとお父さんが犯した罪を償っているようで気が安らぐ」とまで言われてしまい…。

"Fatherland(ベトナム戦争後財産を没収され貧しくなり、ツアーガイドとして生計を立てている父の物語)"など、ベトナム戦争前後で人生が変わってしまったベトナム人難民を描いた物語が多い中、異彩を放つ作品。最後は温かな気持ちになるが決して湿っぽくはなく、ありきたりでもないところがいい。

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読み終えて、やっぱり『シンパサイザー』も読もう!と決意した。 

 

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*1:

シンパサイザー 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
シンパサイザー 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

*2:よくある名字Nguyenは、日本ではグエンとされるのが一般的だが発音としてはウェンの方が近いらしい