トーキョーブックガール

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『白痴』ドストエフスキー

[Идиот]

 この秋は、日本中に『白痴』を読んでいる人がいるのだろうなあと思いを馳せずにはいられない! 光文社古典新訳文庫で『白痴』の1巻が出てからはや数年、ついに最終巻が発売になったのだから。

光文社の亀山郁夫さんによる『カラマーゾフの兄弟』を読んで以来、ドストエフスキーは亀山さん訳でと決めている方も多そうだ。私もいそいそと『白痴』4巻を買い求め、今一度最初から読んでみた。

白痴 4 (光文社古典新訳文庫)

白痴 4 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: フョードル・ミハイロヴィチドストエフスキー,亀山郁夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/09/11
  • メディア: 文庫
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冒頭部分のとっつきやすさは、ドストエフスキーの五大長編の中でもピカイチだと思う。まるで映画のような描写から始まる。11月の終わり、サンクト・ペテルブルグへと向かう列車の中。対照的な二人の男性が向かい合って座っている。

ひとりはさほど背の高くない27歳くらいの青年、黒い縮れた髪と「小さいながら日のような輝きを」放つグレーの目をしている。

もうひとりは26歳、平均より背が高く、ボリュームのあるブロンドの髪。大きな目の色はコバルトブルーで、この季節のロシアとしては考えられないほど薄着なので、青ざめるほど震えている。

やがて恋敵となるこの二人は会話を交わすようになり、ブロンド&青い目の青年が癲癇のような神経症のせいで長らくスイスに滞在しており、ロシアに帰ってくるのは四年ぶりだということ、黒髪の青年がナスターシヤ・フィリッポヴナという美しい名門の令嬢と結婚したいと思っていることが明かされる。

これが世襲名誉市民のパルフョーン・ロゴージン(黒髪)と、レフ・ニコラーエヴィチ・ムイシキン公爵(金髪)の出会いである。

さて、ペテルブルクに到着し、遠縁にあたるエパンチン家にて偶然ナスターシヤの写真を見たムイシキンはその美しさに心を奪われる。

ナスターシヤはトーツキーという貴族に育てられたのだが、成長するにつれて美しくなるナスターシヤをトーツキーはなんと愛人にしてしまい、散々弄んだ挙句、エパンチン家の娘の一人と結婚したいがために、ナスターシヤをガーニャというエパンチン家の使用人の嫁にしようと目論むのだ。

怒れるナスターシヤと彼女に恋するロゴージン、ムイシキン、そしてエパンチン家の末娘アグラーヤの恋のさや当てがここに始まる。という感じで、1巻はただただ楽しく読み進めることができる。

 

「白痴」のムイシキン公爵は「キリスト公爵」という別名もある通り、「キリストやドン・キホーテのような汚れのない人物が現代(当時のロシア)に生まれた場合、どのように生きるのか」というのがテーマの一つにもなっている。 

読んでいると『魔法にかけられてEnchanted)』を思い出す。ちょっと脱線するが、『魔法にかけられて』はディズニーが自らプリンセス物語の数々をパロディーした、かなり笑える映画。おとぎの国から追放されたプリンセスが現代のニューヨークにたどり着くのだが、所構わず歌ったり動物とおしゃべりしたりするプリンセスは周りから変人奇人扱いされ、疎まれる……という感じ。本人はいたってプリンセスらしく、毎日を丁寧に生きているだけなのに。

これとかなり似たものがムイシキン公爵にもある。その純粋さ、素直さはなかなか人に理解されない。でもそこからの展開がドストエフスキーらしいところ。純真無垢な公爵は、もちろん大きく変化することはないものの、汚れた社会で、次第に恥ずかしいと思う気持ちや疑うこと、恐怖や打算も覚えていくのだ。それでも、宗教に対する信頼は最後まで失うことはない。

で、ぼくの答えはこうさ。宗教的な感情の本質って、どんな判断にも、どんな過失や犯罪にも、どんな無神論にもあてはまらない。何かがちがう、きっと永遠にちがうんだ。そこには何かがある。無神論が永遠にするりとかわされてしまうような何か、無神論では永遠に見当はずれなことしか言えない何かが、さ。

対するロゴージンは、現代の人間くささ溢れる若者で、嫉妬も叶わぬ恋も憎悪も喜びも、全てを経験し尽くしている。

そして二人が熱烈に愛するナスターシャの美貌は、エパンチン家の三姉妹の一人アデライーダ(本人もものすごい美人)をもってしてこう言わせるほど。

「こういう美しさって、力よね」熱くなってアデライーダが言った。「これくらいの美しさがあったら、それこそ世界だってひっくり返せる!」

 

ではなぜこの『白痴』が世界最高の恋愛小説と賛美され続けるのかというと、ムイシキン公爵やロゴージンが非常に饒舌に(何ページも)語るものの彼らの心理はほとんど見えてこず、また、2-3巻はほとんど登場すらしないナスターシヤやアグラーヤの気持ちがどこにあるのかが行間を読まないと見えてこないからに尽きる。何通りにも解釈できる登場人物の気持ちや本音が、私たちを惹きつけてやまないのだろう。

ナスターシヤは特に、何を考えているのか分からない。ロゴージンと結婚すると言ったかと思うと、ムイシキン公爵のところへ助けを求めてやってきて、そうかと思うとまたロゴージンのところへ戻っていく。

それは一体どうしてなのか? 本当はどちらに惹かれているのか? そもそも、二人のどちらかに惹かれているのか?

もちろん答えはないものの、「彼女は聖母マリアではなく、マグダラのマリアなのだ」というのが一般的な見解だろう。自分は汚れた身、だからキリストにはふさわしくない。劣等感が彼女を苛め、自分にはロゴージンのような俗世に生きる人物がお似合いだと自嘲気味に考えている。こういった登場人物たちの屈折した思想や言動はいかにもドストエフスキーらしいといえる。

また、3巻のイッポリートの独白も、『地下室の手記』を彷彿とさせるような語りっぷりで読ませる。とにかく色々な角度から楽しめる小説だ。

 

読書ガイドが素晴らしい

さて、光文社古典新訳文庫、訳が素晴らしいのはもちろん、亀山さんによる読書ガイド(各巻についている、数十ページにおよぶ読み応えのあるもの)が絶品!

ロゴージンの父親が残した遺産(250万ルーブル)が日本円ではどのくらいのものかも記されているし、何度も登場する絵画(ハンス・ホルバインの『墓の中の死せるキリスト』など)がドストエフスキーにどのような衝撃とインスピレーションを与えたのか、当時のロシア社会事情など、事細かに説明されている。読者にとってこれ以上役立つものはないと言い切れるガイドになっていて、これを読むためだけでも購入する価値あり。

 

『謎とき「白痴」』も読んでみた

とはいえ、読み終えてなお疑問がいくつか残っていたので、『謎とき「白痴」』という本も購入して読んでみた。ただし、これは冒頭にいきなりネタバレがあるので要注意! 『白痴』を読み終えてからでないと、楽しみが半減どころか90%減してしまうと思う。やっぱり「恋愛小説」なので、結末を知らずに読むほうが楽しい。

謎とき『白痴』 (新潮選書)

謎とき『白痴』 (新潮選書)

 

私の疑問は以下の二つ。

1. 白痴とユロージヴイの違い

この作品の原題はИдиот(イジオット)。英語題はThe Idiot、スペイン語はEl Idiota、フランス語はL'idiot。Идиот(イジオット)は昔からあるロシア語ではなくて、ドイツ語やフランス語のidiotに由来する単語だ。

なぜ、「ユロージヴイ*1」(聖痴愚)という、江川さん曰く「純粋にロシア的な言葉」、しかもムイシキン公爵を表すのにぴったりだと考えられる言葉を使わなかったのか? そして、白痴(ばか、イジオット)とユローヴジイはどう違うと解釈されていたのか?

これに関する見解を読むことができてよかった。

 

ちなみに、『おばかさん』だとか、『ムイシキンのばか(……)』ではなく『白痴』となった日本語のタイトルについてだが、これは個人的に最良の選択だなあと思ってしまう。「ばか」という意味もありながら、「白」痴、この白という色が入ることで、ムイシキン公爵の人となりも連想させるではないか。

 

2. 「緑」の謎

サンクトペテルブルクは、一度訪れたことがある。

それはちょうど、この小説でも「初夏のペテルブルグは、ときとしてすばらしい日和に恵まれることがあるーー空は晴れ、気温も上がり、穏やかな日和である(二巻)」と描写されている六月・七月だったのだけれど、確かに緑色が印象に残っている。

芝生や木々はもちろんのこと、陰鬱な天気の日でも、エルミタージュ(冬宮殿)のなんとも言えない緑色、血の上の救世主教会のクーポラ、ネヴァ川……と、全体的に緑色の街だった(夏は)。

それでも解せない。なぜここまで執拗に「緑」を登場させる必要があるのか?

宮殿の緑、ムイシキン公爵がアグラーヤと待ち合わせをする緑色のベンチ、公園の木々、若葉、そして『黙示録』に登場する苦よもぎの星。

これについての江川さんの解釈には膝を打った。確かに!

そういえば、Hulu版『侍女の物語』でも同じような色の使い方をしていたのだった。

Hulu版『侍女の物語』が面白い - トーキョーブックガール

 

名前のこと

そしてもう一つ、「これを読んでよかったな〜」と感じたのは、登場人物たちの名前について詳しい見解が書かれていたこと(光文社古典新訳文庫の読書ガイドにも書いてあるのだけれど、4巻まで登場しない)。ロシア語やドイツ語の名前に込められた意味となると、まったく分からない。

たとえば、トーツキイはドイツ語の"tod"(トート閣下!)から来ているとか。ムイシキン公爵の名前「レフ」は「獅子」を意味し、「ムイシキン」は「鼠」・「子鼠」から出ているのだとか、その組み合わせが何を暗示するのかとか。

「なるほど〜!」がたくさん詰まった面白い本でした。また、最初から『白痴』を読み返したくなってしまった。

 

関連本など

ムイシキン公爵を彷彿とさせるドン・キホーテ。 

ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)

ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)

 

何度も何度も登場する、『ヨハネの黙示録』。 

ヨハネの黙示録 (講談社学術文庫)

ヨハネの黙示録 (講談社学術文庫)

 

物語の行く末を暗示するような『ボヴァリー夫人』。 

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

 

『ボヴァリー夫人』フローベール: 文学史上最大のダメ女? - トーキョーブックガール

 

www.tokyobookgirl.com

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*1:ユロージヴイがなんなのかは、宝塚・宙組の『神々の土地』を観るとよく分かります!