トーキョーブックガール

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Nada / Carmen Laforet(カルメン・ラフォレット): 少女が大人になるまで

 みなさま、こんにちは! トーキョーブックガールです。南の島から東京に戻ってきました。東京の方がよっぽど暑いことにびっくりでございます……。

 今日は、夏になると読み返したくなる小説について。Carmen LaforetのNada

 スペイン文学界では非常に有名な小説なのだが、非スペイン語圏ではほとんど知られていないかもしれない。The New York Timesの2007年の批評にも、「お恥ずかしながら今まで名前も聞いたことがなかった作家」なんて書かれていたし……。

 一言で言えば「少女の成長を辿るサリンジャー的物語」かな?

Nada

Nada

 

 英語版も、Nadaとして発売されている(Nada=英語ではNothing)。こちらはなんと、マリオ・バルガス=リョサによる前書きつき! うーん、豪華! その事実だけでいい小説なんだろうなと確信できる、リョサマジック。

Nada: Una novela (Modern Library Classics)

Nada: Una novela (Modern Library Classics)

 

Carmen Laforetとはどんな人?

 Carmen Laforet(カルメン・ラフォレット)はスペイン内戦後の時代に生きた、女性作家。

 スペイン文学を代表する非常に高名な作家の1人で、サルトルやカフカと同じく、実存主義の作品を執筆したことで知られている。

 また、tremendismo(トレメンディスモ)*1を1940年代に始めた作家でもある。Tremendismoは、暴力やグロテスクな場面を生々しく描写するという手法で、スペイン内戦の影響が色濃く見られる。

 Laforetが育ったのはカナリア諸島。幼い頃母を亡くし、継母とは折り合いが悪く不遇の子供時代を過ごす。そして大学進学時にバルセロナに出て、親戚と暮らすようになる。その後若干23歳で、いわば自伝的小説 Nada を出版。一躍売れっ子作家となる。

 フランコ体制下のスペインでは珍しい女性作家である。

 

あらすじ

 18歳のAndrea(アンドレア)は、故郷のカナリア諸島を離れ、大学進学のためにバルセロナの祖母の家に寄宿することとなる。専攻は文学。

 祖母の家には、祖母の他にJuan(フアン)とRoman(ロマン)という2人の叔父、Angustias(アングスティアス)という叔母、メイドのAntonia(アントニア)、Juanの妻であるGloria(グロリア)が居住している。

 田舎出身のAndreaが、幼い頃憧れていた祖母の家。バルセロナという都会にあって、調度品も美しく、素敵な家。それはこのフランコ政権下、思い出とは異なりどこか薄暗く、非常にくたびれてみすぼらしく見える。家庭内暴力や不倫、権力争いも起きるような、荒れはてた家になっていたのだ。

 家の中の暗黙のルールや、同居する親戚たちについては分からないことだらけ。Andreaは翻弄されながらもバルセロナ生活をスタートさせる。

 大学は芸術家志望の若者が多く発展的ですが、どこか閉鎖的でもある。同年代の理解者を切望していたAndreaは大学生活に期待するが、残念ながら恋愛は上手くいかず……。

 しばらくして、Ena(エナ)という親友ができる。しかし実はEnaの母親はRomanと確執の過去があり、EnaはRomanに復讐するためだけにAndreaと仲良くしていたということが明るみに出て……。

 

腐敗した政権と、目覚める少女

 フランコ政権下のバルセロナは非常に締め付けが厳しく、街全体が鬱屈した雰囲気を放っている(その分治安は良かったのだと、知り合いからはよく聞きますが)。

 小説にはスペイン内戦そのものの話はほとんど出てこないものの、人々は心の傷を抱えている様子。ゆえにとんでもない恋愛関係や暴力がはびこっているのだ。閉塞的な空気が立ち込め、誰しもが自分でも気づかぬうちに内へ内へと閉じこもってゆく。

 Andreaはその中で少女らしく生き生きと暮らしているのだが、政権の影響は祖母の家庭に及んでおり、そして友人たちにも。それでも自分を見つめ、精神的成長を遂げる。

 頼りなくあどけない少女が成長していく様子は感銘的だ。どんな時代でも少女は大人になるし、さなぎが蝶に変身するがごとく羽ばたいていくのである。

 

美しい描写

 また、Laforetの文章は非常に美しく、ちょっとした風景描写も目をみはるほど。いつまでも心に残る。私のお気に入りは夏の夜の描写だ。

Más tarde vinieron las noches de verano. Dulces y espesas noches mediterráneas sobre Barcelona, con su dorado zumo de luna, con su húmedo olor de nereidas que peinasen cabellos de agua sobre las blancas espaldas...

 これはどう逆立ちしたって、23歳にしか書けない文章だなあ……と、うっとりしてしまうのである。狂わしいほどの期待に満ちた香しい夜。これから何かいいことが起きそうな……。どれだけ打ちのめされても、未来へのほのかな期待を胸に抱き、なんでもなかったような顔をして進んでいくAndreaは素敵だ。

 スペイン文学の『ライ麦畑でつかまえて』と評されることも多いこの作品。実存主義的な描写や、若者の自分探索物語が好きな方にオススメです!

 それではみなさま、happy reading! 

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*1:日本語では「凄絶主義」。