トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『傾城の恋 / 封鎖』 張愛玲

[傾城之恋]

・張愛玲の『色、戒*1が好き。

・映画化された『ラスト、コーション』や香港映画『花様年華』にはまった。

・『高慢と偏見』や『細雪』など、お見合い・結婚についてのドタバタ劇が好き。

・『風と共に去りぬ』のスカーレットとレッド・バトラーのプライドを賭けた恋の駆け引きが好き。

・イプセンの『人形の家』や田辺聖子の『言い寄る』といった、女性の自立を描いた作品が好き。

・太宰治の『斜陽』やチェーホフの『桜の園』、ランペドゥーサの『山猫』のような没落していく上流階級の人々についての物語が好き。

一つでも当てはまったら、『傾城の恋』が大のお気に入りになること間違いなしです。いますぐ本屋さんへ!

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

 

 張愛玲(ちょうあいれい・チャンアイリン・Eileen Chang)は現代の中国文学にも多大な影響を影響を与えたとされる上海出身の作家。この短編集は光文社古典新訳文庫で今年発売となった。本当に、素敵な作品を新鮮かつ読みやすい新訳で提供してくださって、いつもありがとうございますという気持ち。

私は前に「色、戒」という短編を読んだことがあるだけだったが、あまりの素晴らしさに「ひょえ〜」となってしまい、すぐさま映画版『ラスト、コーション』も観て、トニー・レオンとタン・ウェイの素晴らしい演技に心動かされたのを覚えている。特に、タン・ウェイ演じる女スパイがトニー・レオン演じる特務機関の高官の前で歌いながら舞う場面。その姿と声(実際に歌っているそう)の美しさには思わず涙してしまうほど。きっと男は、人生最後の日までその光景を忘れなかったに違いない……。都合のいいロマンス小説のようでありながら、恋愛感情の不条理さや行ったり来たりする気持ちの描写が天下一品なのだ。

「あの感動を超えるものがあるのか」と思いながら読んだ「傾城の恋」だが、「色、戒」以上によかった。

こちらに収録されているのは前書きのようなエッセイ「さすがは上海人」、短編小説の「傾城の恋」と「封鎖」、そして香港や上海での暮らしと戦争について綴ったエッセイ「戦場の香港」と「囁き」だ。

 

「傾城の恋」

城を傾けてしまうほどの運命的な恋、かと思ったらこの「城」は香港を表していて、太平洋戦争・香港戦争勃発で損なわれていく街で花咲いた恋、という意味らしい。

あらすじは「訳者あとがき」にものすごく素敵にまとめられていたので、こちらを拝借すると

上海の没落資産家の出戻りお嬢さまがイギリス華僑のプレイボーイを相手に繰り広げる大恋愛を、ゴージャスなコロニアル香港を舞台として華麗に描くのです。

これだけでもう、読まずにはいられない。

出戻りお嬢さまこと白流蘇(パイ・リウスー)は二十八歳。夫と離婚して上海の実家に戻ってきたのだが兄弟やその妻たちにいびられ、肩身の狭い思いをしている。

そんなある日、妹のお見合いに付きそうことになる。すると見合い相手である范柳原(ファン・リウユアン)という三十二歳の裕福なプレイボーイは古き良き中国美人であるリウスーの方を気に入ってしまうのだった。

さて、没落しつつある名家に生まれたリウスーは仕事をしたこともなければ、今更始められるわけもない。嫌な思いをしながら実家で暮らすことに耐えられないのなら、残された道は再婚しかないのである。というわけで、結婚なんて興味がなく好きな人を愛人にして好きな間だけ会っていたいというリウユアンと、なんとしても再婚して実家からの脱出と経済的安定を手に入れようとするリウスーの駆け引きの幕が切って落とされる。

そのストーリーの面白さや文章の巧さもさることながら、いつまでも心に残るのはかなり冷めた目で結婚を見つめるリウスーだ。リウスーはお嬢さまながら(もしくはお嬢さまだから)かなりの現実主義なのですね。男性というのは浮気もするし、「本人の前では恭しくお相手してるのに、陰に回るとその女性には一文の価値もないって言う」生き物だし、三十が近づいて自分の美しさが損なわれる前に結婚しないといけないと考えている。彼女にとって結婚はビジネスであり、だからこそ恋愛主義のリウユアンに「結婚は長期の売春だと考えているんだろ」なんて揶揄される(実際図星なので、リウスーは激怒するのだが)。

ふたりのやりとりも読み応えがあるし、リウスーをいびる兄嫁たちの言葉遣いもリアリティに溢れていて良い。

うちら良家では、ダンスなんて許されないけど、あの人だけは結婚後にろくでなしのお婿さんから教わっていたのよ!

とか

大勢のお嬢さんのどれもが気に入らなかったのに、あんたみたいな年増のバツイチを欲しがるわけないでしょう!

 とか。

 1984年に映画化済み、これも是非観たい。

傾城の恋 [DVD]

傾城の恋 [DVD]

 

 

「封鎖」

封鎖で止まってしまった電車に居合わせた銀行の会計係のなんてことない三十代男性と、母校で英語の助手をしている美しいが地味な女性。

ひょんなことから会話が始まり、恋愛の可能性についてお互いが思いを巡らすが……。

街の息づかいを感じられるような作品。

 

読み終えて考えたこと

中国というと、少しでもきわどい内容の小説(政治的でも性的でも)は発禁になるという印象があって、例えば1999年になってから出版された『上海ベイビー』も発禁になった本という売り文句がついてまわっていた気がする。

 主人公の女性をめぐる三角関係があったりソフトSM的な描写があったりはしたものの、「これで発禁……?」と読みながら、子供ながらに疑問に思った。

上海ベイビー (文春文庫)

上海ベイビー (文春文庫)

 

 ところが張愛玲の小説のきわどさは、そんな作品を大きく凌駕しているのだ。もちろん性的描写が続く……というわけでは全くなく、伝統的価値観と現代の価値観のせめぎ合いや体の関係を持つことについての云々など、1940年代に出版された時は物議を醸したのでは?と考えてしまう。

しかし、彼女の書いていることに嘘は一つもないというか、中国の「今」としっかり向き合っているからこそ出てくる言葉であふれた作品ばかりなのである。そういうところも、中国文学を代表する作家と言われる所以なのだろう。

もっともっと、彼女の作品を読みたくなってしまった。

そして、「魯迅と比較されている」ということから未読の魯迅も読みたくなった。もしや、相当面白い作品を私は見逃し続けてきたのでは!? という気持ち。

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)

 

中国文学をほとんど読んでこなかったこともあり、最近二、三冊別々の作家&翻訳家による作品を読んで感じたことは、当然ながら言語や文化によって表現は異なるし、中国語翻訳には中国語翻訳のクセというか文体や表現の特徴があるのだなあということ(もちろんどの翻訳家さんの翻訳も素晴らしかったです)。知っている言語だと、あの表現をこう訳したのだなと見当をつけながら読み進められるが、中国語は全く知らないので、なんだか新鮮だった。

 

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*1:池澤夏樹 世界文学全集の『短編コレクションI』にも収録されていた。

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)