トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『海峡を渡る幽霊』 李昂(リー・アン)

[吹竹節的鬼]

「鹿港(ルーガン)では昔、どの通りでもお化けが出たもの」

昔家にあった『世界x現在x文学ー作家ファイル』の李昂(リー・アン)のページの見出しに確かそんな言葉が書いてあって、「この作家の作品は面白そうだな」と子供ながらに思ったものだった。

李昂(リー・アン)は台湾出身の女性作家。日本語訳は絶版になっているものもあり入手しにくかったのだが、今年になって日本語訳の短編集が発売されて狂喜乱舞。

ちなみに毎年この時期になると台湾に滞在していたため、この本も秋の台北で読もうと積んでいたのだけれど、なんと今年は事情があって行けないことに……。涙をこらえつつ急遽プラン変更。秋の東京で読んで、台湾に思いを馳せることにした。はあ、残念。

海峡を渡る幽霊:李昂短篇集

海峡を渡る幽霊:李昂短篇集

 

こちらは日本で編まれた短編集。1970年に発表されたものから2005年の作品まで、8作が収められている。

舞台となっているのは作家の出身地・鹿港に似た台湾の片田舎がほとんどで、帯に中島京子氏が書いている通り、「母、娘、妻、花嫁、老婆、若い女、死んだ女、鬼になった女、いまここを生きている女」と何人もの女性が登場し、その人生を垣間見ることができる。そしてそこから近代〜現在の台湾をも感じることができるのだ。

 

「色陽」 

ここから始まる三部作はどれも鹿城(ロッシア)という、著者の故郷・鹿港をモデルにした架空の町が舞台となっている。

色陽(シェッイォン)は年を取って評判が振るわなくなってから、とある男に身請けしてもらった娼妓。男が財産を食いつぶし、それでも働こうとしないので匂い袋を作り生計を立てている。ところがこの町にも機械化の波が押し寄せ……。

のんびりとした港のある、ひなびた田舎町の情景を読者が味わいつくした後やってくる最後の一文では、とある少女の気づきとともに、急にガヤガヤとうるさい都会・台北の風景が顔を出す。その描写の美しさに思わず息を飲む。

 

「西蓮」

ラウラ・エスキヴェルの『赤い薔薇ソースの伝説』のよう。マジカル・リアリズムの吐息を感じる母と娘の物語。

 

「水麗」

と思いきや、こちらは打って変わってリアリズム&現代的な作品。離婚し子供を持たず、舞踏で名声を得て世界中を飛び回る女(水麗・ツイレイ)と、鹿城を出ることなく結婚し、たくさんの子供を産み育てている女(上の短編に出てくる西蓮・セエリェン)。同級生だった二人が何十年も過ぎてから再会し、ぎこちない会話を交わす。

どんな人生を送っていても「たられば」はつきものなのかもしれない。

 

「セクシー・ドール」 有曲線的娃娃

母親の愛情に飢えている女性が、人形やら夫やら、その代替になるものを探し求め、そのうち子供が欲しいのだと考えるようになるが、自身の欲望の目覚めにも気づき……。

台湾文学ってこういう作品もあるのか、もっと色々読んでみたいなと思った物語。この妙な湿度の高さは、台湾と地理的に近い沖縄出身の作家の作品でも時々見かけるような気がするが(目取真俊さんの作品など)、本州では到底生まれないのでは。

主人公の欲望をじっと見守る、孤独を具現化したような「黄緑色の目」というのが不条理で奇妙な世界を作り上げている。

 

「花嫁の死化粧」 彩妝血祭

反国民党の感情が高まり起こった二・二八事件とそれを弾圧するため国民党が行った白色テロを背景に、夫や息子を失った女が描かれる。

白色テロで夫が処刑された王媽媽(ワン・マーマ)は息子を一人で育てるため、花嫁に化粧を施したりドレスを着せたりといった仕事を始める。ところが息子も亡くなり、彼女は息子の亡骸に向かって語りかけながら、ゲイであることを隠していた彼に死化粧を自ら施す。

その後何年も経ってから生まれた若い作家がこの事件について見聞きしたことも話の一部となっていて、若干話がつかみにくかったのだが、様々な年代から悲劇を見つめることにより今でも台湾に残る傷を感じることができると感じた。

 

「谷の幽霊(おに)」 頂番婆的鬼

彼女は入山口の谷に住む一匹の幽鬼であり、しかも女の鬼で鹿城が海運業で隆盛する前から、「頂番婆」一体に出没していた。

とにかく摩訶不思議なマジック・リアリズム小説というか、日本の妖怪譚とはまた一味違う、幽霊の物語。こんな話、読んだことがない! とにかくとんでもない! ユニーク。

漢人がやってくる前から台湾で暮らしていた先住民バブザ族と漢人の混血である月珍(ゲェチン)、バブザ族とオランダ人の混血である月珠(ゲェツウ)。

月珍が骨折して働けなくなったことから、月珍/月珠はもともと持っていた土地を取り返して農業を営もうとするものの、「蛮族平定」の名の下に鎮圧され、捕らえられ、拷問にかけられる。拷問を受けた死体の描写がむごい。その後紆余曲折を経て幽鬼となった女の魂は、何百年もの時を超えて日本統治時代の鹿城をさまようことになるのだが……。

台湾の先住民・少数民族の悲哀、死んでも利用され続けるという女性性の悲哀があふれんばかりの作品。衝撃的で、何度も読み返してしまった。まるで幽鬼がページの間から「わあっ」と顔を出して驚かせてきそうな、不思議な臨場感に溢れている。

 

「海峡を渡る幽霊」 吹竹節的鬼

大陸から鹿城へやってきた「漢薬先生」という漢方医。家族四人で海を渡ってきたというのに荷物は持たず、青ざめた顔をしているので鹿城の人々はいぶかしく思う。そのうち、隣家の妊婦と口喧嘩しているうちに軽くこづき、それがきっかけで妊婦がお腹の赤ちゃんごと死んでしまったという事件があり、台湾に逃げてきたのだということが分かり……。

「谷の幽霊」もそうだが、哀しみを抱えて霊となった死人が皆どこかユーモラスなのは国民性なのだろうか。

物語を締めくくる文章からは、作者自身の政治情勢に対する信念も透けて見えるようだ。

 

「国宴」 國宴

「遠く中国からこの島にやって来た例の支配者とその夫人」という冒頭の文章から、「お、蒋介石の話かな」と見当がつく。「アメリカ育ちでアメリカ南部訛りの英語を話す元首夫人」は二番目の妻、宗美齢。

台湾の人々の間では「元首は洋食を食べない」という噂がささやかれ、当初は「洋食」がなんたるか理解できずポカンとしながら「ほお〜」と言っていた島民たちも、豊かな時代が訪れるにつれ次第にその意味をのみこむ。アメリカン・ブレックファーストを好むアメリカ育ちの元首夫人と、伝統的な故郷の朝ごはん(お粥、豆腐乳、漬け物)を好む元首。

そして島民たちは国宴ではどんなご馳走が出されるのやらと想像するようになる……。

国宴のメニューは、中国語では飾り立てた言葉が書いてあるだけで内容がさっぱり分からないのだが、英語では何を使ったどんな料理か詳細に説明されている。ここでも元首と元首夫人のエピソードが面白い(中国料理にくわしくない夫人がかえってメニュをよく知ることができた、とか)。作者もグルメで知られているということで、とにかく食欲を刺激する物語。

 

写真は、今にも幽霊が出そうな天気だった、ある日の台湾。

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