トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『黄色い雨』 フリオ・リャマサーレス: 黄色い雨ってどんな雨?

[La Lluvia Amarilla]

私の目の前に広がっているのは、死に彩られた荒涼広漠とした風景と血も枯れてしまった人間と木々が立っている果てしない秋、忘却の黄色い雨だけだ。

 2017年に河出文庫にて文庫化され、短編も新たに2つ収録しているということで購入&再読した『黄色い雨』*1

黄色い雨 (河出文庫)

黄色い雨 (河出文庫)

  • 作者: フリオリャマサーレス,Julio Llamazares,木村榮一
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/02/07
  • メディア: 文庫
  • この商品を含むブログを見る
 

 積極的にスペイン語圏の文学作品を文庫化してくださるイメージがある河出文庫。大好きです。

 

 

ある村の終焉

 小説の舞台はアイニェーリェ村。実在する、ピレネー山脈麓の過疎村である。リャマサーレスが描くのは、この村の終焉だ。1人ずつ村民が引っ越して行き、ついにとある夫婦(と飼っている雌犬)のみが残された村。妻のサビーナは、おそらくは孤独に耐えきれずに精神状態がおかしくなり自殺してしまう。最後の住民となってしまった「私」は次々に崩壊していく家屋を眺めながら、過去の思い出について語り出す。村であった出来事、村を離れていく息子や近所の人々。

 そのうち、「私」の旅立ちを待ち受けるかのように、亡霊が姿を表す。まずは母親。そして親族、妻も。村とともに生き、今村とともに死に絶えようとしている「私」は決して死から目をそらすことなく、最後まで冷静に観察を続ける。

 

日本でいうと……

 スペインと日本にはかなり共通点がある。母音・言葉の発音はもちろんだし、どちらも海に囲まれており海産物を愛してやまない人々が住んでいる。「道の世界遺産」は地球広しといえども、サンティアゴ・デ・コンポステーラと熊野古道の2つだけ。そして、各地域に名産品とされる食べ物があり、「◯◯を食べに△△に行こうよ」という会話が成り立つこと。それもあって、なんとなくスペインの地名と日本の地名を重ね合わせてみることが多い。マドリードが東京なら、バルセロナは大阪。

 アイニェーリェ村はウエスカという、スペインの北東に位置する県に属しているのだが、ここは強引に例えるならば青森だろうか。夏の一時期以外は観光地の土産物屋も店じまいしてしまい、田や森が広がり閑散とした地域。風が吹きすさぶ様子はどことなく、太宰治という文豪を生んだ青森を彷彿とさせる。「滅びの美学」を見せてくれるという点が、リャマサーレスと太宰の作品の共通項かもしれない。

斜陽 他1篇 (岩波文庫)

斜陽 他1篇 (岩波文庫)

 

 

色の持つイメージ

 黄色は、面白い色だ。日本では「若さ、快活さ、明るさ、金運」(黄色い声など)といったポジティブなイメージがあるが、西洋では「臆病、裏切り、卑劣、低俗、嫉妬」といった言葉を思い起こさせる色である。英語でも、

He was too yellow to fight.

彼は臆病すぎて喧嘩できなかった。

といった風に使われる。

 これは、キリスト教世界ではイエスを裏切った人間であるユダの衣の色が黄色だったと伝えられていることに起因する。その後、ユダヤ人に対する差別にも黄色が使われた(黄色い衣服を着るよう強制した)こともあるだろう。

 

 が、スペインでは国旗🇪🇸にも使われていることがあり、それほど黄色に抵抗はないのかもしれない。あまり小説自体に関係はないが、『黄色い雨』というタイトルを聞いて、思い浮かべるものが日本人と西洋人ではかなり違うかもしれないなと思ったのだった。

 

 また、この小説は黄色の描写が非常に多い。

サビーナの黄色い目が私をじっと見つめていた。

 黄色い歯、黄色い目。年齢により黄ばんだ家の壁。長い間存在したことで、琥珀のように色を重ねていく村の様子が手に取るように分かる。「黄色い雨」は何度も何度も降り注ぐ。それは本物の雨の場合もあるし、

突然黄色い雨が降り注いで、粉挽小屋の窓と屋根を覆い尽くした。それはポプラの枯葉だった。

という風に秋特有の景色が見せる「雨」の場合もある。

 村だけに降るのではない。「私」は肺病に侵されているので、徐々に肺が黄色い雨で満たされていくのを感じ取っている。

今では苦痛が苦くて黄色い雨のように私の肺を浸している。

 長く生き、疲れて、今にもこの世を去ろうとしている人と村に降り注ぐ黄色い雨。すべての終わりを告げる雨でもあるが、恵みの雨でもあり続ける。

 

同時収録の短編について

 同時収録された短編は2つ。

 鉱山業が衰退し、町にとって唯一の外の世界との交通手段だった鉄道が閉鎖される。踏切小屋で20年働いていたノセードはもう用無しになったはずの小屋にとどまり続ける…という『遮断機のない踏切』。

 そして、実在する人物を傷つけることなく永遠に色褪せることのない小説を書こうと決意する詩人の物語、『不滅の小説』。

 どちらもリャマサーレスらしい、孤独や哀しさ溢れる素晴らしい作品だった。 

www.tokyobookgirl.com

 みなさま、今日もhappy reading!

保存保存

保存保存

保存保存保存保存

保存保存

保存保存

保存保存

*1:『黄色い雨』自体は1988年に発表された作品。