トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『誰がために鐘は鳴る』 アーネスト・ヘミングウェイ

[For Whom the Bell Tolls]

新聞記者、特派員として活躍した若きヘミングウェイはパリで小説を書き始める。

1930年代には人民戦線(Frente Popular)を助けるべくスペイン内戦にも参加し、その経験をもとに長編小説を書き上げた。その内の1つが『誰がために鐘は鳴る』である。

たった四日間の出来事。 

アメリカ人の青年、ゲリラ隊、両親を失った娘。内戦がなければ知り合うこともなかったであろう人々は家族のように共に生き、死んでゆく。

誰がために鐘は鳴る 上 (新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る 上 (新潮文庫)

 
誰がために鐘は鳴る 下 (新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る 下 (新潮文庫)

 

 

 

アメリカ人が見たスペイン内戦

スペイン内戦は人民戦線政府(共和国派)とフランコ率いる反乱軍(ファシズム)の戦いであり、広くヨーロッパ・アメリカからも人民戦線の義勇軍が参戦した。

結果的には反乱軍が勝利し、フランコはその後36年もの間政権を握る。フランコに味方したナチス・ドイツもまた、第二次世界大戦に向かって更に力をつけていくこととなる。

そんな悪夢の夜明けともいうべきスペイン内戦をアメリカ人の目線で描いた作品が『誰がために鐘は鳴る』だ。

スペインの騎士道精神の精華が、やつらだ。実際、なんてやつらなのだろう……なんと残酷なやつらなのだろう。と同時に、なんて素晴らしいやつらなのだろう。この世に、スペイン人ほど素晴らしく、またあくどい連中もいまい。スペイン人ほど優しく、また残酷なやつらもいまい。そして、だれがいったい彼らを理解できるというのか?

スペイン内戦は、ピカソの《ゲルニカ》やリャマサーレスの『狼たちの月』といった様々な名作の題材となっている。

狼たちの月

狼たちの月

  • 作者: フリオリャマサーレス,Julio Llamazares,木村榮一
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  • 発売日: 2007/12
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アメリカ人が見たスペイン人 

この小説には、いわゆる英雄は登場しない。

主人公のロバート・ジョーダンも、彼が加わることになるゲリラ隊も、それぞれが信じる正義のために戦っている等身大の人間だ。

橋を爆破する時ジョーダンの手は震えているし、老人アンセルモは敵を殺すことをためらう。パブロに至ってはミッション実行の前夜に逃げてしまう。

そして、一番印象的な登場人物は主人公のジョーダンではない。ジョーダンの視点から見たスペインとスペイン人が語られているので、当然のことではある。

ヒロインのマリアでもない。マリアは存在自体が内戦の残した傷跡のような娘ではあるが、どちらかというとジョーダンの色欲のフィルターを通して観察されている。

読者の心にいつまでも残るのは、ゲリラ隊の影のリーダー的存在ピラールではないだろうか(表のリーダーは彼女の夫パブロである)。ジプシーの血を引いているというこの中年女は、自分が美しくないということをよく理解していて、冗談ばかり言っている。

それでいて、若い頃人生を闘牛士に捧げたことを誇りに思っていて、また命をかけられるような男性に出会えたらと夢見ているふしもある。

彼女は手相占いをし、周りの人の「死のにおい」を感じ取ることができると言う。

理性では説明ができない出来事を信じ、愛や肉欲に絶対的な信頼を置き、大切に守ってきたマリアをジョーダンに差し出す女性。

その不可思議さは、ヘミングウェイ自身がスペインという国に感じた魅力そのものなのではないだろうか。

この小説では多くの人が死ぬ。それでも生き残った者は皆、亡くした人と大きな傷を心に抱えながら歩んでいくのだろう。

 

自殺した父について 

ジョーダンは南北戦争で戦った勇敢な祖父や、祖父の拳銃で自殺した父のことを回想する。

父のことをコバルデ(スペイン語で臆病者)と蔑み、あんな女(母)と結婚したから自殺するはめになったのだと心の中で罵る。

ヘミングウェイは彼の作品を理解しようとしない両親と不仲だったことで知られており、上記のエピソードは自伝的である。

あの人物が浅ましいやつだったわけではない。彼はただの臆病者だったのだ。

ヘミングウェイ自身がその後自殺することを考えると、なんとも皮肉である。

 

翻訳は廃り物

ちなみに、我が家にはなぜか上巻しかなかったため下巻を買いなおした。その結果上巻は大久保康雄版(1973年発行)、下巻は高見浩版(2018年)を読むことになってしまった。

誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)

 
誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)

 

これが面白くて!

柴田元幸氏が仰る「翻訳は廃り物」の意味がよく分かる。上巻と下巻では、登場人物がまるで別人なのだ。

1973年版ではスペイン人は全員、謎の「エセ東北弁」(『風と共に去りぬ』の黒人奴隷に代表される話し方。「〜でごぜえます」、「〜ですだ」)で話している。おそらく会話のほとんどはスペイン語という設定なので、謎の訛りを持つ人物がいるとすればそれは主人公のジョーダンだろうと内心突っ込んでしまう。

2018年版では普通の喋り方になっている。

どうでもいいポイントかもしれないが、スペイン語の表記もmujer*1が「ムイエル」とされていたり、caballosが「カバルロ」となっていたのも気になった。

やっぱり名作が読み継がれるには、定期的に新しい翻訳作品が出てこそなのだと実感した読書体験だった。

 

愛され作家のヘミングウェイ  

マッチョで筋肉隆々とした印象のあるヘミングウェイは「パパ」の愛称で愛されているが、彼のお気に入りだったことを売りにしたカフェやレストラン、バーが世界各地に存在する。

スペイン・マドリードの"BOTIN"や、

Botín desde 1725

キューバ・ハバナの"La Floridita"、

La Cuna del Daiquiri

フランス・パリの"Le Select"。

Le Select

社交(socializing)が好きな作家だったということもあるのだろうが、なんとも言えない魅力で溢れた人物だったのだろう。作品を読んでいても、そんな気がする。

ヘミングウェイという名がついた店もたくさん。食事の描写も素晴らしいからかな。

(カナダ・トロント)

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(ブルガリア・プロブディフ)

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www.tokyobookgirl.com

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*1:"Ya irás, mujer".