トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Exit West / モーシン・ハミッド:イスラム文化圏の難民事情・ミーツ・村上春樹なのか

2017年のブッカー賞にノミネートされていた、この小説。 

読んでみたいと書いてから半年経ってしまったが、ようやく読んでみた。

Penguinのカバーも素敵。オレンジのイスラム建築のドアの向こうに西洋の都市(ロンドン)が見えるというもので、まさにこの物語に登場する「ドア」のよう。

Exit West: SHORTLISTED for the Man Booker Prize 2017

Exit West: SHORTLISTED for the Man Booker Prize 2017

 

Exit Westの主人公たちが住んでいる国は、どこなのかは明記されない。物語の内容から「イスラム文化圏」のどこかなのだろうな、とだけ予測して読むことになる。

争いが度々起きるものの戦争には至っておらず、一般市民は通常の暮らしを営んでいる町の夜間教育のクラスで、サイード(Saeed)とナディア(Nadia)は出会う。

サイードはごく普通の明るい青年。一方ナディアはまだ規制の厳しくない社会では珍しく頭をヒジャブで覆い、物静かでミステリアス。ところがその実は一人暮らしを営む(この社会で若い女性が一人暮らしをするというのは考えられないこと)進歩的な女性。一緒にランチをしたりハシシを吸ったりごく普通のカップルのように過ごした後、サイードはナディアにプロポーズまでする。しかしその頃町の情勢は悪化。2人は「町に、他の国へ脱出できるドアが現れる」という不思議な噂を聞きつけ、ドアを見つけるとギリシャのミコノス島へ脱出する。そして更にドアを開け、イギリスのロンドンへ。その後、別のドアをくぐり、アメリカのカリフォルニア州・マリン郡へ。西へ西へと移動を続ける。

 

マジックリアリズムであってマジックリアリズムではない

前半はどちらかというと出身国での紛争や、脱出先での難民とローカル(natives)とのいさかいに焦点が当たっている。難民を嫌い、ある地域に閉じ込めてしまいドローンで四六時中見張るだとか、出て行くようにスピーカー放送を繰り返すだとか、どこへ行っても安穏とした生活は送ることができない難民の悲哀を感じる。

......and so by making the promise he demanded she make she was in a sense killing him, but that is the way of things, for when we migrate, we murder from our lives those we leave behind.

後半は、サイードとナディアの「生活」「恋愛」にフォーカスされる。緊急事態を脱して初めて見えて来る相手の欠点や、一緒に過ごすことへの倦怠感。他国の人と打ち解けようとしないサイードと、積極的に近所に住むナイジェリア人の会合に参加するナディア。

まるでドラえもんの「どこでもドア」のようなドアが現れるので(ニューヨーク・タイムズでミチコ・カクタニは「ナルニア国へ通じるタンスを思い出す」と言及している)、マジックリアリズムかと思ってしまうのだが、読み終わって感じることは「作者は決してマジックリアリズム的小説を書きたかったのではない」ということだ。マジックリアリズム小説として読むと、消化不良でかなりつまらないと感じるのでは。

単純に、「難民が国を脱出するために乗り越える手続きや諸々」を描くことなく、様々な国での難民事情を描きたかったがための「ドア」なのではないかと感じた。 

 

難民の日常と、ラブストーリー

では何が書きたかったのかというと、やはり難民が新しい国にたどり着いてから経験する疎外感や苦しみ、そして恋愛(政治情勢は抜きにした、シンプルな若者間の恋愛と心の移り変わり)だろう。

特に後半では新しい国に暮らすようになりどんどん変わっていくサイードとナディアの恋愛がクローズアップされる。

両親を亡くしナディアにも共感してもらえず、心の拠り所がなくなるサイードが頼るようになるのは宗教なのだが、「自分と近いが少し違う」別の女性に惹かれていく。

一方ナディアはどこに住むことになっても、ヒジャブを被り続ける。これはフランスその他で話題になる「ブルカ禁止法」とイスラム女性のそれに対する反発(ブルカを着るだけで女性が抑圧されていると断じるのは一方的な思い込みにすぎない)を彷彿とさせるところもあるのだが、多分それとはあまり関係がなくナディアのセクシュアリティおよび男性から投げかけられる視線への恐怖心から来ているのだと推察される。冒頭でサイードになぜ黒い衣をまとっているのかと質問されたナディアは

So men don't fuck with me.

男性がちょっかいを出してこないように(絡まれないように)。

と答える。その後移住してからサイードはまたも同じ質問をするのだが、その際帰ってきた答えはは"because it sent a signal, and she still wished to send this signal"だった。

自身の姿を見られることを嫌がっていたナディアが物語の最後に、とある人物に見られて「どきどきする」と感じるようになるまでが彼女の戦いであり、抵抗なのだと思う。

会話がほとんどなく、さざ波が広がるように静かなこのラブストーリーの顛末はどことなく村上春樹のようなのだが、作者のハミッドはインタビューでも時折村上に言及しているのでさもありなんという感じ。

 

作者のハミッドは"salaryman"

この小説には、唐突に全く関係ない国の、全く関係ない人々の日常の描写が挟み込まれている。難民の生活との対比かと思いきや「ドア」で繋がっていく世界も表していて、ウィーンとブラジルを行き来するようになる老人2人のエピソードは特に心に残る。 

もう1つ印象的だったのが日本の描写で、なんと"salarymen"(サラリーマンは和製英語)という言葉まで登場するので、作者はビジネスマンだったに違いないと思って調べてみたらその通りだった(マッキンゼーでコンサルタントとして勤務)。なんというか、グローバル企業に在籍していると、よく話のネタになる言葉の1つですよね。サラリーマン。 

モーシン・ハミッドはパキスタンのラホール出身。アメリカで育つが国籍はパキスタン/イギリスで、今はラホール/ニューヨーク/ロンドン/地中海を行き来して暮らしているのだとか。

ますます「○○(国や地域の名前)文学」というカテゴリーは曖昧になりつつあるなと感じる。

今回は「移民文学(本ブログでは、移民/自分の生まれ育った国以外の文化圏や国での体験が語られている文学と定義)」、「パキスタン文学」、「イギリス文学」に入れてみました。

ハミッドの作品は1冊だけ邦訳されている。 

コウモリの見た夢

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 "How to Get Filthy Rich in Rising Asia"や"The Reluctant Fundamentalist"も読んでみたい。

How to Get Filthy Rich In Rising Asia

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The Reluctant Fundamentalist (English Edition)

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