トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『島とクジラと女をめぐる断片』 アントニオ・タブッキ

[Donna di Porto Pim]

真夏日が続いている。

こんなに暑くなると、なんだかタブッキが読みたくなりますねえ。

イタリアの作家と言えばタブッキとカルヴィーノが頭に浮かぶのだけれど、タブッキは夏、カルヴィーノは冬を連想させる作家(個人的に)なのが面白い。

やはり北イタリアと中部・南イタリアではかなり気候も違うし、人々のマインドセットも違うのだと実感させられる*1

『島とクジラと女をめぐる断片』は、今年の3月に河出文庫で文庫化されていた。

嬉しい!表紙も素敵!帽子をかぶったサンドレスの女が映っていて、「ピム港の女」のようだ。 

島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)

島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)

 

イタリア人だけれど、ポルトガルに(というかフェルナンド・ペソアに)魅せられていたタブッキ。

この本もポルトガルのアソーレス諸島にまつわる「断片」を集めたものだ。

この「断片」という言葉がぴったり。短編集でも、詩集でも、エッセイでもない。

アソーレス諸島で聞きかじった会話から連想された小説や、ポルトガルの詩人に対するタブッキの思いが詰まった伝記は、すべて独立しているようでつながっている。

どこかしらボルヘスのようでもある。ボルヘスが好きな方は、きっと好きだと思う。 

アレフ (岩波文庫)

アレフ (岩波文庫)

 

そして、訳者の須賀敦子の熱い思いが伝わってくる本でもある。そのあとがきは、本文と同じくらい美しく魅力的。ペソアのことは、

名もないリスボンの小さな会社の寡黙な事務員として働きながら、孤独な夜のクモのように、いくつかの架空の生涯を紡ぎつづけた

と書いている。

 

特に印象に残ったのはこちら。

 

「アソーレス諸島のあたりを徘徊する小さな青いクジラーある話の断片」

あいつが現在ああしていられるのは、すべてぼくのおかげなんだよ、男は声を強めて言った。なにもかも、だ。あの女をつくったのは、このぼくなのさ。

タブッキ自身が偶然耳にした会話がきっかけで生まれたという短編。

マルセルという作家が、アソーレス諸島で恋人の女と船に乗っている。2人は「アルベルティーヌ」という女について話している。アルベルティーヌはマルセルの元恋人であるらしい。

まだアルベルティーヌにいくばくかの未練があるらしい男性(この怒りは、まだ気持ちが残っていることの証明ではないだろうか?)と、アルベルティーヌと話し合ったという女。

マルセルとアルベルティーヌという名前からは、『失われた時を求めて』が連想される。

消え去ったアルベルチーヌ (光文社古典新訳文庫)

消え去ったアルベルチーヌ (光文社古典新訳文庫)

 

女は港で彼を待っているときに、似ても似つかない男と彼を見間違えた話をする。

船では、2人は小さな青いクジラを岩に見間違える。

何が起きるわけでもないのに引き込まれる。ずっと見ていたくなる絵画のような物語。 

 

「沖合」

アソーレス諸島では、住民は捕鯨で暮らしを立てていた。クジラは失われたもの、懐かしい記憶、生命そのものとして何度も描かれる。

「沖合」では島の住民の生活と密着したクジラという生き物について、ミシュレの『海』が何度も引用されて説明される。

これが素晴らしくて、ミシュレを読みたくなってしまう。 

海

 

 

「ピム港の女」

じっと彼女を見つめていると、彼女も俺を見た。愛が人間のなかに入り込むなんて、本当に奇妙なことさ。

もともとこの短編集のタイトルは『ピム港の女とそのほかの物語』だったそうで*2パンチのある短編。

民謡の歌い手が、島を訪れたイタリア人に語る自身の恋の物語。首がほっそりと長い年上の女を好きになった若者の愛と狂気と苦しみ。

 

 クジラについて書かれた本・小説

クジラ、というと日本と世界の関係において微妙な感情をもたらしかねない動物なのだが、アソーレス諸島における捕鯨が描かれるこの小説はある意味日本人がクジラに対して持つ感情に近いものがあるかもしれない。

メルヴィルも何度も作中で引用されているのだが、『白鯨』を読み返したくなった。 

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

 

そして『クジラが見る夢』も。こちらは映画『グラン・ブルー』のモデルとなったジャック・マイヨールのイタリアでの生活を池澤夏樹が追った写真とエッセイによるルポルタージュ。マイヨール自身が「タブッキの言葉の中で生きている」ような人だったという印象がある。 

クジラが見る夢 (新潮文庫)

クジラが見る夢 (新潮文庫)

 

最近読んだディストピア小説Red Clocksも、オレゴンの話なのだが陸に打ち上げられたクジラがモチーフになっていた。 

Red Clocks: A Novel

Red Clocks: A Novel

 

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それではみなさま、今日もhappy reading! 

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*1:距離は近いものの、タブッキはトスカーナ出身、カルヴィーノはリグーリア出身。

*2:『島とクジラと女をめぐる断片』としたのは訳者の須賀敦子。こちらの方がタブッキの魅力が伝わるし素晴らしいと思う。