トーキョーブックガール

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Disoriental / Négar Djavadi: マザンダランの陰謀渦巻くハーレムから、パリの不妊治療クリニックまで

[Désorientale] 

内容紹介をちらりと読んで、絶対に面白い&好みだぞ!と思って購入した一冊。 

作者はパリ在住のイラン系移民(十一歳の時にフランスに移住)で、これがデビュー作とのこと。 

Disoriental (English Edition)

Disoriental (English Edition)

 

2018年の全米図書賞・翻訳文学部門や2019年のPEN AmericaによるPEN translation prizeにもノミネートされていた。原書はフランス語で、私が読んだのはTina Koverによる英語訳。

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イラン出身・子供の頃にフランスに移民としてやってきた女性キミア・サドル(Kimiâ Sadr)を主人公に据え、彼女の両親、そして祖父母と主に三世代の登場人物たちの人生を描いた物語である。

タイトル部分に書いた通り、あまりにも異なる環境で起きた出来事が綴られているため、時間のスパンとしてはそれほど長くはないのだけれど、読んでいるとものすごく長い歴史を辿っているような気がしてくる。

まず、主人公が話し始めるのは父親であるダリウス・サドル(Darius Sadr)とエスカレーターについてなのだが、その後何度も、〈あの出来事〉("THE EVENT")という言葉が登場する。どうも1994年3月11日に家族に多大なる影響を与える何かが起こったらしいのだが、それは詳しく説明されることなく、家族の過去や現在が巧みに映し出される。

イランのマザンダランでハーレムの主として君臨していた曽祖父のこと、そのハーレムで生まれた祖母のこと、祖父の青い瞳を受け継いだ父・ダリウスのこと、父と母(Sara)の出会い、キミアの姉たちが生まれるまでのこと。イランでの家族の生活。

ちなみにマザンダランとは、最近もどこかで目にした地名だなと思って考えると、ガストン・ルルーによる『オペラ座の怪人』でも何度か登場したのだった。ペルシャ人の手記の部分だ。「マザンダランの薔薇色の時」に考案された責め苦の部屋をエリックがオペラ座の地下に再現した、という形で。 

オペラ座の怪人 (光文社古典新訳文庫)

オペラ座の怪人 (光文社古典新訳文庫)

 

さて、家族の歴史とともに語られるのが、イランという国の歴史だ。レザー・シャーの時代を経てイラン革命が起こり、ホメイニがイスラム化を推し進める様子が詳しく書き込まれている。

1970年代、シャーの体制に疑問を抱いていたキミアの父ダリウスは知識階級としては初めて革命に対する批判を文字にし、その後一家は離散する……。作者のインタビュー等を全く読んでいないので分からないが、かなり正確に史実(作者の生い立ち)に基づいた物語のようだ。

 

ばらばらになった一家は、1980年代のパリで再び一つになる。ところが一度壊れたものが元には戻らないのと一緒で、家族はすっかり元どおりというわけにはいかない。それぞれが負った心の傷が繭のように一人一人を覆っている。そしてもちろん、新しい国で移民として生きることの苦しさも。

...Because to really integrate into a culture, I can tell you that you have to disintegrate first, at least partially, from your own. You have to separate, detach, disassociate. No one who demands that immigrants make "an effort at integration" would dare look them in the face and ask them to start by making the necessary "effort at disintegration". They're asking people to stand atop the mountain without climbing up it first.

面白いのは、この一族とイランの歴史をキミアが思い起こすのが、パリの不妊治療クリニックで、だということ。

Shamefulどころではない、イランではunthinkableでimpossibleな自身の性の目覚めをも、キミアは滔々と語ってくれる。その口調は時にユーモラスでウィットに富み、ともすれば暗くなりがちなこの大河小説を美しく、予想外に軽やかに彩る。

エピローグがまたいい。成長し、分かり合えなくなったはずの家族が、実は自分のことを自分自身よりもずっとよく理解していたのだとキミアが気づく時には、私までサドル一家の温もりに浸ることができた。

読み終える頃には登場人物それぞれに愛着が湧き、本を閉じるのが惜しく感じられるほどだった。

300ページ強と、普通の長編小説の長さではあるもののほとんど段落替えもなく、どのページも文字がぎっしりで、読むのに結構時間がかかったのも、その理由かもしれない。

 

この半分フィクション、半分ノンフィクションのような味わいの物語は三世代(の、特に女性)を描いているという点でも、革命の激動を生き抜く人々を描いているという点でも、『ワイルド・スワン』を彷彿とさせる。

『ワイルド・スワン』自体はノンフィクションだけれど、嘘のような登場人物もいたりして、どこかしらマジックリアリズム的な味わいがある。 

ワイルド・スワン 上 (講談社+α文庫)

ワイルド・スワン 上 (講談社+α文庫)

 
ワイルド・スワン 下 (講談社+α文庫)

ワイルド・スワン 下 (講談社+α文庫)

 

 

 そしてもちろん、チリの一族を描いた『精霊たちの家』もそうだ。

精霊たちの家 上 (河出文庫)

精霊たちの家 上 (河出文庫)

 
精霊たちの家 下 (河出文庫)

精霊たちの家 下 (河出文庫)

 

 

最近だと、『奇跡の大地』を読んだ時も同じ感想を持ったことを思い出した。

奇跡の大地

奇跡の大地

 

 

イランの歴史をたどるため、同世代のイラン出身フランス在住作家、マルジャン・サトラピの『ペルセポリス』もパラパラとめくりながら読み進めたのだった。 

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