トーキョーブックガール

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『語るボルヘス』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス

[Borges, Oral]

『ボルヘス、オラル』が昨年岩波で文庫化されていた。

1978年の5月から6月にかけて、ブエノスアイレスのベルグラーノ大学(Universidad de Belgrano)にて行われた5回にわたる講演記録である。  

語るボルヘス――書物・不死性・時間ほか (岩波文庫)

語るボルヘス――書物・不死性・時間ほか (岩波文庫)

 

書物は幸せをもたらすものでなければいけない

1回目の講義は、ボルヘス自身が「手や目と同じように身体の一部になっていて、それなしには自分の人生を思い浮かべることもできないほど大切なもの」だと語る「書物」について。

聖書やトーラー、コーランなどの例を引き、口頭で伝えることが書物より重要視されていた頃の話から始まり、読書の楽しみを語る。

《私は喜びが得られないようなことは何ひとつしないことにしている》という記憶に値する一文が出てくる著作の中で、モンテーニュは書物を義務として読むのは誤りであると言っています。さらに、本の中に難解晦渋な箇所が出てくると、投げ出すことにしているとも言っています。

ボルヘスは、このモンテーニュの意見に賛同し、さらにこう続けている。

読者が難解と思うような作品を書いたとすれば、それは作者が失敗したということです。ですから、読むのに大変な努力を要する作品を書いたジョイスのような作家は、本質的に失敗していると考えられます。

なんと〜!笑 もちろん、ボルヘスは、「短ければ短いほどいい」を地でいく作品を残した人。だが、サマセット・モームと同じ意見を持っていたとは知らなかった。

「ジョイスは本質的に失敗している」、ですって。『ユリシーズ』に挫折している身としては大変勇気づけられるが、もう一生読まなくてもいいかなという気持ちにすらなってしまう。確かに読書はあくまで楽しみ、愉楽であるべきだが。

ボルヘスとは対照的な評価を受ける娯楽小説作家サマセット・モームは『読書案内』で

わたくしがまず第一に主張したいのは、読書は楽しくあるのがほんとうだ、ということである…以下にかかげる書物は、あなたが学位をとる助けにもならなければ、生計を立てる役にも立たないだろう…そのかわりに、あなたがより充実した生活を送ることには役立つであろう。

と語っていたのが記憶に残っている。

読書案内―世界文学 (岩波文庫)

読書案内―世界文学 (岩波文庫)

 

ボルヘスはそれから「再読の楽しさ」について語り、

今でも目が見えるようなふりをして、本を買いこみ、家じゅうを本で埋め尽くしています。 

と聞いている側が少し切なくなってしまうようなことを語り、

古い書物を読むということは、それが描かれた日から現在までに経過したすべての時間を読むようなものです。

と締めくくる。この文章はいろいろなところで引用されているので、初めて読むような気がしない。と、この最初の章「書物」だけでも、ボルヘスの考え方や本に対する姿勢を学ぶことができ、まるで講義を聞いているように楽しんだ。

その他の講演の内容は、ボルヘスが「決して欲しくないと思っている」という「不死性」、「エマヌエル・スヴェーデンボリ」、「探偵小説」、「時間」について。

「探偵小説」では、こちらも大衆小説として過小評価されがちなミステリーについて語る。自身を含め多くのラテンアメリカ出身の作家が影響を受けたエドガー・アラン・ポーを再評価する形だ。

 

それにしても、読めば読むほど1978年当時、ベルグラーノ大学でこの講義を聴くことのできた学生たちが羨ましくなる。

ボルヘスは、作品が面白いことはもちろんだが、講演も絶品である。だからこそ死後30年以上経った今でも、復刊&出版されているのだろう。

次々にその驚異的な記憶力と博識が遺憾なく発揮されていて、彼の生まれ持ったユーモアのセンスも垣間見ることができて、たまらない。

『七つの夜』も素晴らしかった。 

七つの夜 (岩波文庫)

七つの夜 (岩波文庫)

 

 

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