トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『82年生まれ、キム・ジヨン』 チョ・ナムジュ

[82년생 김지영]

『VERY』 1月号を読んでいて、「色々と話題になりそうだな」と思った記事があった。

「きちんと家のことをやるなら働いてもいいよ」と将来息子がパートナーに言わないために今からできること、VERY1月号の記事が話題に - Togetter

案の定Twitterでも賛否両論様々な意見が入り乱れていたみたいだけれど、論点とは少し外れたところで、数年前までは読者層のマジョリティは自身の希望で専業主婦だったはずの『VERY』でもこんな特集が組まれるようになったんだ、時代が移り変わっているなということを実感した。

というよりも、時代は移り変わっているのに、女性を取り巻く環境はちっとも変わらないということを実感したというべきか(この話の続きは、終わりの方で書く)。 

ちょうど同じ時期に読んだのが、『82年生まれ、キム・ジヨン』だった。

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

 

悔しい、悔しい、悔しい。

絶対に読みたい!と思っていたものの予約をせずにいたら、売り切れ状態で手に入るまでに時間がかかった本作を読みながら、何度そう思ったことか。 

「キム・ジヨン」とは韓国で1982年に生まれた女性に一番多い名前で、日本でいうところの「佐藤裕子」なのだとか(筑摩書房さんのツイートより)。

一番多い名前とはいえ、実際に社会で「キム・ジヨン」さんや「佐藤裕子」に出会う機会はほとんどないかもしれない。少なくとも私は日本で「佐藤裕子」さんと知り合った経験はない。それでも、この本に書かれているキム・ジヨン氏の経験は韓国、そしておそらく日本に住む大半の女性の経験でもある。

文学というよりはルポルタージュに近い文体で書かれた本作は、キム・ジヨンを診察した医者がまとめたレポートという体を成している。

結婚し、出産とともに退職し、今は夫と娘と三人で暮らしているキム・ジヨンは、ある時から突然実母や先輩といった別の女性が憑依したような喋り方を始める。

本人は自身の発言を全く覚えていないのだが、不安に思った夫が精神科に連れていくこととなる。カウンセリングで振り返られるキム・ジヨンの人生は、女性として読んでいて「悔しい」の連続だ。

弟のために食べ物や好きな勉強を我慢させられ、ストーカー被害にあうと父親から「不注意だったお前が悪い」と責められ、大学の教授からは「女があんまり賢いと会社でも持て余す」なんて言われ、就職活動では性差別・格差をはっきりと自覚させられる。

結婚し子供が生まれても、苦労は続く。

好きで仕事をしていたのに、辞めざるをえなくなる。どうしたって失うものは女の方が大きい。この場面でキム・ジヨンが夫と交わす会話は、まさに冒頭の『VERY』の特集そのものである。

ちなみに私の周りにもこういう会話がきっかけで離婚した日本人の女友達が複数いて、男と女の考え方とはこんなにも乖離しているのかと呆然としてしまう。

最後の最後まで著者チョ・ナムジュの指摘は鋭く、問題提起は続く。

背筋が凍るような恐ろしい物語、でもこれこそが韓国(や日本)で今起きている現実。

 

『VERY』の記事に再三話を戻すようだけれど、「夫の意識改革もできない妻が、息子を思うように育てられるのか」なんて反論もあったみたいだが、私はそれは違うと思う。やっぱり子供の考え方を形作るのは母親(日本のようにワンオペが当たり前になっている社会においては。もちろん、「両親」といえる国もあるだろう)だもの。日本人男性の初婚年齢の平均が31歳だとして、こういう考え方で30年以上も生きてきた人の意識を変えることは困難だし、それは妻の役目ではない。

とはいえ、息子だけではなく、娘の育て方だって留意しなければならない。お金と幸福に密接な関係があると思う人なら「二千万以上稼ぐ男と結婚しなさい」ではなく、「自分で二千万稼げるようになりなさい」と教えるべきだろう。

 

キム・ジヨンの母だって同じような苦労を重ねてきた。弟のために自分の人生を犠牲にし、不本意な選択を重ねた。

仕事がパッとしない夫の代わりにビジネスのアイディアを出し、大成功してマンションを買っても、夫はそれをさも自分の手柄のように話す。

そして夫の母(義母)のために毎日あったかいごはんを炊いてあったかい布団を用意している。にも関わらず、義母はこう言う。「……四人も息子を産んだから、こうやって今、息子が用意してくれたあったかいごはんを食べ、あったかいオンドルでぬくぬくと寝られるんだ」。

娘を同じような目に合わせたのだと気づいた母が流す涙は耐えられないほど痛々しい。

同じ涙を経験しないでいいように、私がこれからできることはなんだろうと思わず考え込んでしまう。 

 

本作に描かれている韓国の状況は驚くほど日本と似通っている。

世界経済フォーラムが発表する「男女平等ランキング」の結果だって、毎年かなり似ており、どんぐりの背比べ状態なので当然かもしれない。

それどころか、レイプを告発した女性がバッシングを受けたり、強制わいせつ容疑で書類送検されたアイドルグループメンバーの中年男性の件でも被害者となった女子高生について「家に行く方が悪い」・「美人局なのでは」なんてとんでもない意見が出たり(中年男性と女子高生、ですよ?)、アイドルが男性から暴行を受けたことを謝ったりせざるを得ないという現代日本の状況を鑑みると、こういった類の本が論争を呼ぶだけ韓国の方が進んでいるかもしれないと思い、羨ましくなるほどだ。

最初こそ、儒教的価値観が重要視され、日本とは比べ物にならないほど親戚付き合いが濃く嫁姑事情が大変なのだなと思ったのだが、本作に描かれるエピソードは全て日本でも聞くことのあるものばかりだった。

 

しばらくこの本のことばかり考えてしまいそう。

それにしても韓国文学って面白い。次はこれを読むつもり。

あまりにも真昼の恋愛 (韓国文学のオクリモノ)

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