トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『アリーテ姫の冒険』 ダイアナ・コールス

[The Clever Princess]

 Beauty Mythについて書きながら、この本を思い出したので今日はアリーテ姫について書いてみたいと思います。

 物心つくかつかないかという頃から本が大好きだった私。

 でも、読書に対する情熱を絶やすことなく今まで生きてきたのは、いつも素晴らしい作家や本を紹介してくれる母のおかげでもある。

 『アリーテ姫の冒険』は、そんな母が私にプレゼントしてくれた最初の1冊。

 原題はThe Clever Princess(賢いお姫様)。イギリスのフェミニストたちが、小さい女の子のために書いた物語。

 

(追記:2018年に復刊しています!)

アリーテ姫の冒険

アリーテ姫の冒険

 
アリーテ姫の冒険

アリーテ姫の冒険

  • 作者: ダイアナコールス,ロスアスクイス,グループ・ウィメンズ・プレイス
  • 出版社/メーカー: 学陽書房
  • 発売日: 2001/06
  • メディア: 単行本
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 映画化もされている。

アリーテ姫 [DVD]

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あらすじ

 アリーテ姫は大金持ちの王様の一人娘。

 非常に賢く勉強家なので王様は頭を抱えている。

 王様の意見では

かしこい妻を求める男など、この世にいるわけがない。女はやさしく、かわいいのがいいんだ。かしこくなんかないほうがいい! 

 のだ。そこで、アリーテ姫が賢いことを世間に知られる前に結婚させてしまおうと、おふれを出す。

 続々と求婚者がお城を訪れるが、みなアリーテ姫の賢さに恐れをなし逃げ帰ってしまう。

 ある日悪い魔法使いが王様のもとを訪れ、宝石とひきかえにアリーテ姫を妻にしたいと交渉してくる。宝石に目がくらんだ王様はアリーテ姫を彼に引き渡してしまう。

 アリーテ姫は仲良しの魔女から、3つだけ願いを叶えてくれるという指輪を御守り代わりに譲り受け、魔法使いの城へ赴く。

 実は魔法使いは、「アリーテ姫が魔法使いを死に追いやる」という予言を聞き、彼女を殺してしまおうと画策していた。そしてアリーテ姫が到着するやいなや、地下室に閉じ込めてしまう。しかしアリーテ姫は、お城の料理人アンプルさんなど使用人と仲良くなり、じめじめして薄汚い部屋を綺麗に掃除したり、壁に絵を描いたりして楽しく過ごす。

 魔法使いはアリーテ姫を殺すために、彼女に難問を出し「解けなかったら殺す」と伝える。ところが、彼女はその難問を次々と解いてしまい……。

 

ヒーローはお姫様

 アリーテ姫はおそらく「強いお姫様」第1号。『シンデレラ』や『眠れる森の美女』、『白雪姫』といった男性(=王子様、ヒーロー)の救いを待つのではなく、自分自身で問題を解決し、幸せになるお姫様だ。

 刷込みとは怖いもので、幼い頃から童話を聞かされ育つと「男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしく」、「男の子はブルー、女の子はピンク」という価値観が物心つくかつかないかという年頃から頭に植え付けられてしまう。("男女差別の隠れたカリキュラム")

 今でこそ違うものの、この本が出版された80年代は、幼稚園に通う女の子の将来の夢第1位は「お嫁さん」という時代。

 誰かに幸せにしてもらうのをじっと待つのではなく、自分で行動すること。自分の幸せは自分でつかみとること。ヒーローは王子様ではなく、あなた自身。そう教えてくれる物語が生まれたということは、歴史的な転換点であったのではないかなと思うのだ。

 また、ジェンダー問題に関しては他の先進国と比較しても課題山積みの日本だが、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』といった小さい女の子を覚醒させるような「強いお姫様、戦うお姫様」物語が意外と多いなとも感じる。これも宮崎駿の素晴らしい功績のひとつでは。

 

アリーテ姫には顔がない

 この本には挿絵がついている。いい魔法使いのワイゼルおばあさん、わるい魔法使いグロベルに手下のボックス、料理人のアンプルさんと、特徴のある登場人物それぞれが描かれている。グロベルは鉤鼻でいかにも意地悪そう。アンプルさんは丸顔で優しく料理が上手そう。

 もちろん主役のアリーテ姫も一番多く挿絵に登場するのだが、アリーテ姫だけはいつも後ろ姿。もじゃもじゃの黒い髪と、動きやすそうなワンピースにブーツの後ろ姿。ポケットに手を突っ込んで歩いていたり、ポシェットをして颯爽と馬にまたがっていても、いつだって後ろ姿。彼女は顔がないお姫様なのだ。 

 これはきっと、読者に想像してほしいという作者の願いなのだろう。もしくは美しくあることだけがお姫様の(ひいては女の子の)存在意義ではないという主張か。

 きっとこの本を読む読者はそれぞれのアリーテ姫を作り上げるであろう。もしかすると、意思の強そうな眉毛。もしかすると、涼しげな瞳。もしかすると、褐色の肌。その顔は、おとぎ話に出てくる典型的なお姫様とは全く違っているはず。

 

とにかく美味しそうなアンプルさんの料理

 『アリーテ姫』は決してお堅い物語ではない。読者をハラハラドキドキさせる、かなりよくできた児童文学。だからこそ出版から30何年もたった今でも高く評価されているのだ。

 特に私の心に残ったのは、アンプルさんが作るお料理の数々。

チキンパイとフルーツタルト、それにあたたかいココア

ビーフステーキ

ベーコンエッグとトマト、マッシュルーム、トースト、それにはちみつ、コーヒーというすてきな朝食

新鮮なトマトスープと魚料理、何種類もの野菜をそえた肉料理、それにたっぷりのクリームをのせたイチゴ

チェリーパイ

オートミールとニシンの燻製、トマト、バタートーストとはちみつ、熱い紅茶 

 冷たい地下室にいたって、こんな料理を食べられたなら体が温まりそう。

 ちなみに、魔法使いボックスにはなめくじ入りの虫けらパイや、煮たネズミなんて作っちゃうお茶目なアンプルさん(雇い主なのに!) 。

 

アリーテ姫は魔法の指輪を何に使ったのか?

*Spoiler Alert(ネタバレあり)

 アリーテ姫は自分の命のために、魔法の指輪を使うということはしない。

 自分で自分の身を守れるということをよく理解しているから。

 その代わりに地下室での生活をよりよくするため、退屈しないため、Quality of Lifeの向上のために使うのだ。

 自立した、自給自足できている大人の「指輪の使い道」。 

 また、最後には世界中の人々を助けるために旅立つことを決意するアリーテ姫。

 その人生が豊かなものであるように願ってやまない。

 そして私も自分を偽らず、自由に自然に生きていこうと読み返すたびに誓うのです。

 ではみなさま、今週もhappy reading!

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