トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『ラスト・タイクーン』 F・スコット・フィッツジェラルド

[The Last Tycoon]

 またまたフィッツジェラルドのお話だが、ちょうどスカイステージで'97年花組の『失われた楽園〜ハリウッド・バビロン〜』を見たので、いい機会だと思い『ラスト・タイクーン』について書いてみる。

 

 

宝塚の『失われた楽園〜ハリウッド・バビロン〜』

 『失われた楽園〜ハリウッド・バビロン』、とてもよかった!

 小池修一郎先生はフィッツジェラルドがお好きだそうですね。

 こちらは『ラスト・タイクーン』をモチーフにした物語。

 時代は1930年台後半。

 かつてはベストセラー作家だったが今では世間から忘れ去られてしまったエリオット(愛華みれ)が、ハリウッドで一番影響力を持ち「タイクーン」と呼ばれている大物プロデューサー、アーサー(真矢みき)に招かれ、ハリウッドを訪れる。

 アーサーは昔、エリオットが戯れに窓からばらまいた金を拾い、借金を返すことができたという。また、残った5セントで映画を見て、映画の世界に夢中になったとも。

 エリオットはアーサーのその言葉にほだされ、自身の作品の映画化を承諾し、脚本家としてハリウッドで働くようになる。

 アーサーはニーナという女優兼恋人を亡くし、心の傷を抱えていた。しかしニーナにそっくりな女優の卵・リア(千ほさち)に出会い、彼女に惹かれていく……。

 真矢みきさんの演技、大人の男という感じでめちゃくちゃ素敵だった。

 愛華みれさんのエリオットも、挫折を味わって立ち直れない作家の繊細な様子がひしひしと伝わってくるかのよう。

 前半はタイプライターの歌や、ハリウッドでの映画撮影シーンなど華やかな踊りも多く、後半は心理的な描写が多い印象。

 何度も見たくなるような、素敵な作品だった。

 ちなみに、2014年花組の『ラスト・タイクーン』という作品もあるのですよね。こちらはまだ見ていない……見たいです。

 

フィッツジェラルドの『ラスト・タイクーン』

 この作品はフィッツジェラルドの遺作で、未完なのだ。

The Last Tycoon

The Last Tycoon

  • 作者: F. Scott Fitzgerald
  • 出版社/メーカー: Orion (an Imprint of The Orion Publishing Group Ltd )
  • 発売日: 2013/11/07
  • メディア: ペーパーバック
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 日本語版もあった。 

ラスト・タイクーン (角川文庫)

ラスト・タイクーン (角川文庫)

 

 きちんと書かれているのは6章まで。6章を書いた翌日、フィッツジェラルドはアルコール中毒からくる心臓発作でこの世を去る。

 6章までのあらすじはこんな感じ:

 主人公のモンロー・スターは35歳にしてハリウッド映画会社の大物プロデューサー。時代はちょうど映画がカラーに変わっていこうとしている変換期で、スターはそんな時代のいわば「最後の大君」である。金に糸目はつけず、映画の芸術的な側面を重要視している。そのやり方で栄光を手にしたが、時代が移り変わる中で没落しようとしている。

 スターには女優の妻(ミナ)がいたが、彼女は死亡してしまった。スターはいつまでも彼女の面影を追い求めており、彼女のいない世界に生きる意味はないとばかりに過労で自身の体を酷使している。

 そんな中、ミナにそっくりの未亡人キャサリンが現れ、スターは恋に落ちていく……。

 これが、セシリアというスターの知人の娘(スターに恋しているが、妹や娘のようにしか見られていない)の視点で語られる。

 

この世の儚さ

 盛者必衰、富や名声の儚さを描いたこの作品は、フィッツジェラルドの名作『夜はやさし』にも似たところがある。

 きちんと書かれている6章までは非常に面白いし、続きが気になる。完成していたら、大作になっていたんだろうなという印象がある。

 残念ながら続きはないので、6章以後に関しては、フィッツジェラルド自身が持ち歩いていた、いわば「アイディア帳」に残っていた筋書きやプロットがそのまま本になっている。

 ちなみに、フィッツジェラルドはいつも小説に使えそうだと思うアイディアをノートに書き写し、持ち歩いていたそうで、こういう風にモチーフを考えて、小説を書いていたのか〜という発見はある。

 非常に面白いモチーフや描写も多いし、こういったメモ書きでもフィッツジェラルドの文章は美しいのだな……と感銘を受けた。

 

モデルとなった人物

 モンローは、その栄華と転落の様子から、フィッツジェラルド自身がモデルになっているのかと思ったのだが、違うようだ。

 MGMの制作部長、アーヴィング・タルバーグがモデル。

 隣の女性はMGM所属の女優でタルバーグの妻、ノーマ・シアラー。

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 あのMGM! 当時はハリウッドで一番大きいスタジオで、『雨に唄えば』、『ザッツ・エンターテイメント!』、『バンドワゴン』、『風と共に去りぬ』などなど、名作を生み出したことで有名な会社だ。

 ジーン・ケリーやフレッド・アステア。素晴らしいミュージカル映画がたくさんあって……私も大ファンです!

 そんなMGMで30年代、ほぼすべての映画の企画や配役、脚本、撮影、宣伝等々ありとあらゆることをたった1人でやってのけてしまう天才として知られたのがこのタルバーグだった。俳優に間違えられたという甘いマスク、素晴らしい才能。彼は過労がたたって37歳で死去している。

 30年代といえば白黒の無声映画が終わり、新しいことをやっていかないといけなくなった時代。そんなMGMの転換期に、フィッツジェラルドは自身の作家としての成功とその後の没落を照らし合わせていたのではないだろうか。

 MGMはその後ミュージカルに舵を取り、新たな一時代を築くのだが、タルバーグとフィッツジェラルドがそれを見ることがなかったというのは本当に残念だ。

 ちなみに、宝塚関連の記事やニュースでは「実在の人物モンロー・スター」と記載されていることが多く、気になっている。モンロー・スターはフィッツジェラルドの小説の登場人物で、実在の人物ではありません……。

 

ジャズのこと

 ちなみに、インターネットでこんな記事を見つけた。

*参照 ガーシュインやスタンダード・ソングのことなど・・・ - INTERLUDE by 寺井珠重

 こちらによると、「フィッツジェラルドはハリウッドでジャズの名曲"Nice Work If You Can Get It"を聴き、『ラスト・タイクーン』のアイディアを得た」そうな!

 素敵な曲ですよね……以下はエラ・フィッツジェラルドのバージョン。(あ、、、フィッツジェラルド違い)


Ella Fitzgerald - Nice Work If You Can Get It (High Quality - Remastered)

 エラ・フィッツジェラルドのオリジナルLPにそう書いてあるそう。

 他の文献は見つからなかったのだが、フィッツジェラルド(ややこしいな……スコットの方ですよ)が当時書いた手紙にも、この歌が引用されているので、かなり好きだったのだろうと推察できる。

 

Dear Anne:

Thanks for your note. Scottie will be North again before school opens...

These letters or cards for Scottie come to hand- better hold them. I have high hopes of getting East before she goes back to school- if not I'll go to her school in January. I love it here. It's nice work if you can get it and you can get it if you try about three years. The point is onceyou've got it- Screen Credit first, a Hit second, and the Academy Award third- you can count on it forever- like Laurence Stallings does- and know there's one place you'll be fed, without being asked to even wash the dishes, But till we get those three accolades we Hollywood boys keep trying.

 *"Collected Letters of F. Scott Fitzgerald"より

 という友人への手紙。

ハリウッドが気に入っている。しっかりやれば良い結果が出るし、3年ほど頑張れば仕事がもらえるようになるだろう。映画にクレジットされて、ヒット作を書いて、アカデミー賞をもらえたら、ローレンス・スターリングスみたく、もう一生安泰だ。皿洗いなんてしなくても食べていけるようになる。でもその3つが手に入るまで、我々ハリウッドの男たちは頑張り続けるんだ。

(訳:tokyobookgirl)

 という感じ。

 

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