トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

This Side of Paradise (楽園のこちら側) / F・スコット・フィッツジェラルド

(楽園のこちら側) 

 

 

フィッツジェラルドのこと

 初めて『華麗なるギャツビー(グレート・ギャツビー)』を読んだ時の衝撃を超える本というのはなかなかない。単語と単語の間からキラキラしたハープの音が聞こえてくるような美しくリズミカルな文体、魅力的な登場人物たち、はっとするような驚き、切なさがいつまでも残るあの結末……!

 出来にはかなり波があるが、フィッツジェラルドの短編小説やエッセイもいい。明らかにお金のためにかかれたような、なんということはない短編やエッセイからも「その人らしさ」が滲み出てくるなんて……生まれついての作家なんだな、としみじみ思ってしまう。

 F・スコット・フィッツジェラルドは1896年生まれ。亡くなったのは1940年・44歳の時と決して長い人生ではないが、4つの長編小説(『ラスト・タイクーン』を含めると5つ)と多くの短編小説やエッセイを残している。

 フィッツジェラルドのデビュー作、This Side of Paradise(楽園のこちら側)を読んだので、今日はこの作品の感想を。

This Side of Paradise (Oxford World's Classics)

This Side of Paradise (Oxford World's Classics)

 

 最近Oxford University Pressのペーパーバックをジャケ買い(表紙買い)してしまうことが多いです!Penguin Booksも非常に素敵で、本棚に並べるのが楽しいのだけれど、Oxfordもなかなか……フィッツジェラルドの作品はどれも魅力的なフラッパーが描かれていて見惚れてしまう。

 

 未読だが、日本語版も2016年に改めて出版されている。

楽園のこちら側

楽園のこちら側

 

あらすじ

*Spoiler Alert(ネタバレあり)

 Amory Blaine(エイモリー・ブレイン)は都会的かつ先進的な母親Beatrice(ビアトリス)に育てられたミネアポリス出身の青年。寄宿学校に入るためアメリカに帰国し、学友たちと楽しい日々を送りながら文学にのめり込んでいく。また、母の友人Monsignor Darcy(ダーシー司教)を父親のように頼り、ダーシーもエイモリーを実の息子のように可愛がる。

 その後プリンストン大学の演劇部の台本を読んで感銘を受けたエイモリーは、プリンストン大学へ入学し、大学の新聞に執筆したり演劇部の台本を書いたりしながら友人たちと華やかな大学生生活を謳歌する。幼馴染のIsabelle(イサベル)や文学好きのEleanor(エレノア)といった美しい女性たちとも恋愛を楽しむ。

 そして、エレノアとの別れを経てエイモリーは第一次世界大戦のためフランスへ送られる。

 終戦後、ニューヨークにてRosalind Connage(ロサリンド・コナージュ)に出会い、2人は恋愛関係になる。しかしロサリンドはエイモリーにお金がないことに懸念を覚え、「エイモリーが有名になるまでは結婚できない」と言って別れを切り出す。

 さらに父親的存在でずっとエイモリーを見守ってくれていたダーシー司教が亡くなっていたことを知り、エイモリーは打ちのめされる。この出来事は、学生時代はあれほど身近だったキリスト教からも離れ、新たな価値観を模索するきっかけとなる。

 

レビュー

 若かりし頃のフィッツジェラルド。

 いかにもアメリカ中西部出身の好青年という感じではないだろうか。

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 『楽園のこちら側』はフィッツジェラルドの人生抜きでは語ることができない。創作というよりも、ほぼ自身の経験に基づいて書かれた自伝のような作品だからである。

 そしてフィッツジェラルドの人生といえば……中心にはこの方がいる。

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 後のフィッツジェラルドの妻、ゼルダ・セイヤー。

 アラバマ出身のいわゆる"southern belle(南部美人)"。厳格な家庭に育ったにもかかわらず、パーティーの花として常に噂の的だったゼルダ。彼女と知り合ったフィッツジェラルドはあっという間に恋に落ち、2人はすぐに婚約。

 ところがコピーライターとして働くことになったフィッツジェラルドの経済力を危ぶんだゼルダは婚約を解消。フィッツジェラルドはそれを機に故郷のセントポールへ戻り、『楽園のこちら側』を執筆するのである。

 この作品はベストセラーとなり、2人はすぐに結婚する。

 これはまさに、作中のエイモリーとロサリンドのエピソード!

 ロサリンドは、というよりもフィッツジェラルドの作品に出てくる多くのヒロインは、ゼルダがモデルとなっている。

 ゼルダの言動や日記から作品のインスピレーションを得ることも多く、作品のタイトルもゼルダのアドバイスに従って変更されることもあったとか。『グレート・ギャツビー』というのもゼルダの思いつきであったことは有名である。

 ゼルダと結婚したいがために、ゼルダについて書いたような小説なのだ。

 

New Generation

 今でこそ新鮮味には欠ける、プレッピーなお坊ちゃんの小説として受け取られがちだが、『楽園のこちら側』は当時非常にセンセーショナルな小説だったと見受けられる。

 エイモリーによる詩が多く登場したり、ロサリンドの登場から別れまでは劇中劇という形で語られたり。

 もともとフィッツジェラルドが書いていた短編が連なって長編小説になっているようなものなので、書き方がくるくると変わるのだが、そこが逆に魅力となっている。

 戦後の、若く美しくお金も適度にある新しい世代。苦労した親の世代とは異なり、楽しみを享受して生きようとしている若者たちを描いた作品で、ある種の時代の変遷を切り取った小説だ。

 また、フィッツジェラルドはこの小説をSigourney Fay(シガニー・フェイ神父)に捧げている。この人物はダーシー司教のモデルとなった人物で、フィッツジェラルドにとってメンター的存在だった。

 小説でもエイモリーがカトリック系の学校に行き、神という存在を身近に感じていたのに、戦争やダーシーの死を経て宗教を疑問視するようになる。

 フィッツジェラルドがこの後、カトリックという宗教からは遠くかけ離れたような生活を送ることで有名になっていくことを考えるとなんとも暗示的だが、そもそも小説を神父様に捧げるほどカトリックという宗教が彼の近くにあったことは少し意外だ。

 とはいえ、フィッツジェラルドは作中でも、他のエッセイでも、好きな本としてジョイスの『若い芸術家の肖像』を挙げている。

 こちらもカトリックと大いに関係のある小説なので、この影響を受けて書いたとも言えるのかなと思う。

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時代を象徴する女性になるゼルダ 

 ゼルダはこの小説が出版されたのち、最初のフラッパーとして一世を風靡する。

 これは『楽園のこちら側』でゼルダをモデルとしたロサリンドが非常に魅力的に描かれていたことが大きい理由だとされている。

 エイモリーとロサリンドの会話は、ウィットがきいていてこの部分だけ読んでも楽しい。

 例えばこんな感じ。

 

Amory. (Quickly) Rosalind, let's get married-next week.

Rosalind. We can't.

Amory. Why not?

Rosalind. Oh, we can't. I'd be your squaw- in some horrible place.

Amory. We'll have two hundred and seventy-five dollars a month all told.

Rosalind. Darling, I don't even do my own hair, usually.

Amory. I'll do it for you.

Rosalind. (Between a laugh and a sob) Thanks.

 そう……ロサリンドは蝶よ花よと育てられた南部のお嬢様なので、月たった275ドルのエイモリーのお給料ではとてもやっていけないのだ。髪のセットだって毎日美容院に行っているのよ、という会話。エイモリーがその意味も分からず、僕がやってあげるよと返すのでロサリンドは笑っていいのか泣いていいのか、複雑な心境に。

 フィッツジェラルドに関してはまだまだ書きたいことが沢山あるのだが、また次の機会に!