トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

34年後の『1984年』

[1984]

ニュースは政府の見解を垂れ流し、一般市民の監視は警察の主要な活動となり、理性的な操作や差し押さえといったものは今やジョークに過ぎない。そんな例は枚挙にいとまがない。「ああ、政府が<ビッグ・ブラザー>に変わっちまった。オーウェルの予測した通りだ、たいしたもんだな?」「まさにオーウェル的だ、なんてこった!」

(トマス・ピンチョンによる『1984年』のあとがきより)

 

久しぶりにジョージ・オーウェルの『1984年』を読み返した。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

「森友学園問題」のニュースを見ていて、この小説を思い出したからである。

都合のいいように公文書を書き換える日本政府。

まさに『1984年』に出てくる真理省(主人公ウィンストンが勤めている機関)ではないか。しかも自殺者も出ているというのに、このふにゃりとした対応には寒気がする。

www.huffingtonpost.jp

 

近年何かと脚光を浴びている『1984年』。

そのきっかけはもちろんアメリカだったのだが、その後何かにつけて『1984』という文字を見るようになった気がする。それとも、自分が意識するようになっただけなのだろうか。

 

 

アメリカ 

ドナルド・トランプがアメリカの大統領に立候補したのが2015年、就任したのが2017年1月20日。

彼の打ち出す政策の方向性は物議を醸し、2016年頃からディストピア小説はアメリカのみならず世界中でベストセラーとなった。

2018年の現在も、日本の多くの書店の目立つところに『1984年』やブラッドベリの『華氏451度』、アトウッドの『侍女の物語』が陳列されている。

侍女の物語

侍女の物語

 
華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

 

 『すばらしい新世界』は日本の書店の目立つところではあまり見かけないが、アメリカではこちらも売れに売れている様子。

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

 

そもそも"The New Yorker"によると、「ディストピア小説」とは

Dystopian stories...have one ultimate purpose: “to warn us about the dangers of some current trend.”

現在の傾向・動向の危険性を読者に警告する」という目的を持って書かれた小説

 である。

www.theatlantic.com

まさか、「自由と民主主義の国」アメリカの政府や政権が「ディストピア小説のよう」と評される時代が来るなんて誰が想像しただろうか。

私が高校生・大学生だった2000年代、授業でディストピア小説を読んでクラスメートと話し合うことがよくあった。小説の中の世界との比較対象は、主に過去の出来事(「清教徒の時代ってこんな風だったのかな」、「スターリンは」、「ナチスは」)、もしくは豊かではない独裁国家(「イスラム原理主義の国ってこんな感じかな」、「北朝鮮は」、「エリトリアは」)だった。

なんというか、いわゆる先進国からは遠いところにある議題だったのだ。

10年で世界は180度変わってしまった気がしなくもない。

 

ここでおさらい。『1984年』の筋書きはどうだっただろうか。

あらすじ

1950年代に核戦争が起こったことがきっかけで、それまであった国々は滅びる。

1984年の世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアという3つの国に分けられている。オセアニアでは全体主義が敷かれ、国民は常にテレスクリーン*1で思考や行動を監視されている。

国の指導者はビッグ・ブラザーと呼ばれている。

階段の踊り場では、エレベーターの向かいの壁から巨大な顔のポスターが見つめている。こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるように描かれた絵の一つだった。絵の下には"ビッグ・ブラザーがあなたを見ている"というキャプションがついていた。

主人公のウィンストンは真理省の役人。いわゆるエリート。

仕事内容は、歴史・記録の改ざんである。

<ビッグ・ブラザー>は前日の演説において、南インド戦線は当面異常なしだが、ユーラシアが近々北アフリカで軍事攻勢をかけてくるだろうと予言している。ところが実際には、ユーラシア軍最高司令部は南インドに軍事攻勢をかけ、北アフリカでは何の動きも見せなかった。そのために<ビッグ・ブラザー>の演説の一節を、現実に起こった通りに予言したという形に書き直す必要が生じたのだ。

仕事を通して、政府が国民に嘘をつき続けていると知るウィンストンは現在の社会に疑問を抱いている。しかし、テレスクリーンで終始見張られているので、その思いを共有できる者はいない。

ところがある日、ジュリアという女性と知り合い、彼女と秘密裏に会い続けるようになる。ユーラシアでは、独身男女の交際は許されていないので、これは罪を重ねていることになる。このことも誰にも話すことはできない。

ジュリアも政府に反感を抱いていると知ったウィンストンは勇気付けられる。二人は、おそらく<ビッグ・ブラザー>に反対しているとみられる党内の高級官僚オブライエンにその思いを打ち明けるのだった…。

ウィンストンは捕らえられ拷問されるリスクを冒して、自身の日記にこう綴る。

自由とは、二足すニが四であると言える自由である。その自由が認められるならば、他の自由はすべて後からついてくる。

背景

この小説が書かれたのは、第二次世界大戦中である。

オーウェルは世界に蔓延していた全体主義・管理主義的思考を憂い、『1984年』を書き上げたとされる。

<ビッグ・ブラザー>はスターリンがモデルだという。そのことから、オーウェルは反共産主義的だとされることが多かった。当時のアメリカでは特にそうみなす傾向が強かったようだ。

しかし、オーウェル自身は社会主義者であったという。「全体主義と戦い、民主社会主義を支持している」と発言している。

ちなみにスターリンと<ビッグ・ブラザー>の類似点は以下のとおりだろうか。

1. トロツキーを始めとする反対派に対する大粛清(拷問を含む)

2. 様々な歴史的事実の改ざん

gigazine.net

3. プロパガンダの使用

 

ビッグ・ブラザーの世界を彷彿とさせる現代社会

この小説が出版されたのは1949年。オーウェルが作品のテーマを思いついたのは第二次世界大戦中の1944年だったという。

もちろん、第二次世界大戦は民主主義の国々が勝利を収め、オーウェルの故郷イギリスを含め多くの国はこのような恐ろしい政府に支配される1984年を体験しなかった(体験した国もある)。

1984年からはや34年。

現代社会では、『1984年』の再来とされるような出来事が次々に起こっている気がしてならない。

オーウェルが執筆したのが今から69年前と考えると、<ビッグ・ブラザー>の国家と現代社会との酷似には目をみはるものがある。

中国&ロシア 

長きにわたって「まるでビッグ・ブラザー」と噂されている国はいくつかある。

一つは中国、そしてその情報に対する規制・対応である。 

中国の…高層ビルでは、何百人もの若い男女がコンピューター画面に向かい、共産党の方針に反する動画やメッセージをインターネット上から削除している。

 

…中国の新たなネット検閲の世界にようこそー。ここでは、ジョージ・オーウェルが「1984」で描いた世界と、米シリコンバレーの新興IT企業が融合している。

jp.reuters.com

そしてもう一つはロシア。

ソヴィエト時代から変わらず、『1984』と比較される国だ。

真理省のウィンストンよろしく、政府を支持するメッセージを発信し続ける人々が高給取りとなる世界である。 

www.washingtonpost.com

www.excite.co.jp

 

国民の耳に入る情報を管理・統制したいというのはどの権力者も抱く望みなのだろうか。民主主義であろうが、共産主義であろうが、変わらないのだろうか。

 

さて、インターネットは社会のパラダイム・シフトを巻き起こしたテクノロジーである。

しかしIT自体の歴史もまた、<ビッグ・ブラザーの世界>を形作ってきたとも言えると思う。 

インターネット

1999年、インターネットの黎明期(でもないでしょうか?)。オランダで"Big Brother"というTV番組が放映され人気を博した。

現在の日本でいうテラス・ハウスの走りであり、その名の通り完全に外部から隔離された人々を24時間監視する&その様子を放映するというリアリティショーである。インターネットの発展により可能になったようなものだ。

この番組はその後世界中の国で展開された。

私が当時住んでいた国では、「今年流行った歌を集めたCD」にまで"Big Brother is watching you"という番組のしょーもないテーマソングが入っていたことをよく覚えている。

www.cbs.com

同じような世界は、2017年に公開された映画『ザ・サークル』でも見ることができる。

シリコンバレーの人気IT企業に就職した主人公(エマ・ワトソン)は会社の要望に沿って、24時間小型監視カメラ(会社の新製品)を身につけ、自分がどんな生活を送っているのか世界にブロードキャストすることになる。

その生活の中で、人間関係は崩れ、自身の精神状態もおかしくなっていく…。 

IT業界出身者としては、この会社のオールハンズやミーティングの様子があまりに勤めていた会社のものと酷似していて、笑えるやら恐ろしいやらだった。

「インターネットと教育が平等な社会を作る」とよく言われる。

しかしながらITの発展は人から自由を奪ってしまうこともある。

ザ・サークル [Blu-ray]

ザ・サークル [Blu-ray]

 

 

私がもう一つ、個人的に「まるで『1984年』だな」と感じた出来事がある。

それは2000年台前半に突然起きたソーシャルメディア(日本で言うところのSNS。この場合、人と人とのつながりを促進するメディアという狭義的な意味で)の爆発的普及だ。

今でもはっきり覚えているエピソードがある。

2000年台前半に私が通っていた学校にはコンピュータールームがいくつかあり、宿題やエッセイの調べ物をしたりする生徒が多かった*2

いつもドアに近くて出入りが便利だと、コンピュータールームの後ろの方に座っていた私。後ろの席に座ると、前方に座っている人たちがスクリーンで何を見ているか、見たくなくても目に入ってしまう。

そんなある日。突然、前に座っている人たち全員が同じサイトを見ていることに気づいた。

それは"Facebook"だった。

ちょうど"Facebook"が大学生を対象に(今では信じられないが、そうだったのだ)招待制で普及し始めた頃のことである。

本当にある日突然、コンピュータールームにいる人全員が、"Facebook"というサイトを見るようになる。無言で、まるで監視しているかのように、自身の友人のページの写真を1枚1枚クリックし、書き込む。

「なんだかコワイ…」

というのが私の率直な感想だった。

その後様々なソーシャルメディアサイトが登場し、それぞれがユーザーに適した広告を表示するようになると、その「コワイ」という思いは強くなった。

もちろん、これらは私が海を越えた場所にいる友人とつながり、まるで距離なんてないみたいにやりとりする手助けになったツールである。

それでも、その裏で、情報が抜き取られ、全世界に流れていくという感覚と恐怖を常に感じていた。

 

また、TwitterやFacebookのFeed(News Feed)という言葉は『1984年』のフィード(こちらは一般市民プロールに与えられる娯楽を指す)を彷彿とさせるし、2018年現在、さらに深く強くなったインターネット上の"connected world"は、まさに<ビッグ・ブラザー>が牛耳る世界のようでもある。

だからこそ、この小説の結末には身をつまされる。

 

トマス・ピンチョンによる解説

冒頭にも載せた『1984年』の新訳版は本当におすすめ。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

 トマス・ピンチョンによる解説がついていて、この小説の可能性について熱く語っている。

普段あとがきを読まない方も、この解説は必読です。

なぜなら、救いのない(ように感じられる)この小説の結末に、一筋の光が差し込むから!

やはり作家はとんでもない観察眼を持っているんだな。こんな風にいつも本を読めたらな。と感じます。

ではみなさま、今日もhappy reading!

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*1:ビデオ会議システムのようなもの。

*2:当時はスマートフォンはなかったし、PCを学校へ持ってきても今ほどwifiが行き渡っていなかった。